ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載23】
本とクラフトビールとニシオギと
BREWBOOKS(東京・西荻窪)尾崎 大輔さん


システムエンジニアから街の本屋へ
西荻窪駅南口から徒歩4分、西荻南児童公園の隣にある「BREWBOOKS」は、趣のあるレンガの外壁とブルーのドアや窓枠が印象的な本屋さんです。1階は書店、2階はクラフトビールなどを飲みながら読書を楽しめるスペースで、ニューヨークの街角にありそうな外観とは対照的に、2階は畳敷きの純和風。2018年10月にオープンしてから、1年と少し。店主の尾崎大輔さんにお話を伺いました。
── 本屋をはじめようと思ったきっかけからお聞かせください
社会人になってからずっと住んでいる西荻窪が大好きで、システムエンジニア(以下、SE)をしているときに、いつかこの街にかかわる仕事がしたいという思いが生まれました。大学の専攻は日本文学で昔から本は好きだったし、クラフトビールも好き。本だけ、ビールだけの店は僕にはできないけれど、クラフトビールを飲みながら本を読める店ならできるのではないかと考えたんです。SEと本屋の仕事は理系と文系でまったく違うようですが、コミュニケーション能力が大事なところは共通する部分があるのかもしれません。

── 書店、飲食店での経験ゼロではじめられたそうですが、不安はありませんでしたか?

最初から書店か飲食店、どちらかの経験がある人をスタッフとして加わってもらおうと考えていたので、それほど不安はありませんでした。いまのスタッフは、オープンしてから店に偶然来てくれた人です。話をしているうちに書店経験が豊富なことを知り、「ちょうどスタッフを募集してるんだけど……」と誘ってみたら、来てくれることになったというラッキーなパターンです。僕自身は本が好きというだけで棚のつくり方も知らずにはじめましたが、スタッフのおかげで本屋に必要なノウハウを日々勉強させてもらっている感じです。
── 店の外観はニューヨークの書店を思わせる佇まいですが、参考にした店はありますか?
特定の店を参考にしたわけではないんです。ここはもともとギャラリー兼住居の戸建て物件でした。最初からレンガの壁だったので、それを生かす形で進めました。書棚をつくったり、室内の壁紙を変えたりはしましたが、それほど手をかけずにできたのはよかったです。2階は置き畳を部屋のサイズに合うようつくってもらって、靴を脱いでくつろげる空間にしました。2階の利用料はクラフトビールかソフトドリンク1本つきで1時間1000円。コワーキングスペースとして、店舗営業中は終日使える1500円というプランもあります。

新刊と古本は、あえて同じ棚に
── 店名は、「BREWDOG」というクラフトビールが由来なのだとか。
はい、BREWDOGはスコットランドのクラフトビールで、最初に代表的な「パンクIPA」を飲んで衝撃を受けました。フルーティで苦みもあって、とてもおいしい。一般的なラガービールの40倍ものホップを使っているらしく、採算度外視で非常識なところが、まさにパンク(笑)。突き抜けていてカッコいいし、大企業に対する反骨精神も感じて一気にファンになりました。店にはBREWDOGはもちろん、久我山の「マウンテンリバーブルワリー」など常時10種類は置いています。村上春樹の小説と同名の「アフターダーク」という黒ビールも人気です。

── こちらは新刊のみかと思っていましたが、古書もあるんですね。
オープン当初は新刊だけでしたが、低価格帯の本は手に取ってもらいやすいし、装丁や活字など昔の本ならではの味わいもある。店をやっていくうちに、だんだん新刊と古書の垣根が取っ払われていって、いまは全体の3割ほどが古書です。店では新刊と古書を区別せず、あえて同じ棚に並べてスリップでわかるようにしています。ジャンルも最初はお酒や食関連の本が多かったけれど、店の前は児童館で隣は児童公園ということもあり、自然と絵本も増えましたし、大人から子どもまで読んでもらえる本を幅広く扱っています。
心に響く、嘘のない「日記本」
── 最近とくに増えてきたジャンルはありますか?
日記本が増えましたね。お客さんに日記本が好きな人がいて、写真家・植本一子さんの新刊『台風一過』(河出書房新社)が出たときには読書会も開催しました。日記はつくり込まれたエッセイとはまったく違うもの。リアルな生の文章であるところ、嘘がないところに面白さを感じます。本来日記というのは自分のために書く文章で、人に見せる前提で書くブログやSNSとは違う。本にする時点でもちろん校正などはされていますが、それでも嘘のない言葉は、いまの時代だからこそ、人の心に響くように感じます。

── 「ニシオギ俳句部」、「食べる読書会」、「消しゴムはんこ」など、開催されているイベントもユニークです。

西荻窪の街を歩きながら月に一度俳句をつくったり、よしながふみさんの漫画『きのう何食べた?』(講談社モーニングKC)に出てくる料理を1人1品作って持ち寄って語らう会を開いたり……。すぐ近所にある「文具店タビー」さんと一緒にはじめた消しゴムはんこのイベントでは、店名はんこもつくって紙袋に押して使っています。店をオープンしてからの1年は誘われたら行くし、思いついたらやってみるというスタンスで進んできて、以前にはなかった多くの人とのつながりができました。これからはその一つひとつを深めていきたいと思っています。
黒ビールの銘柄が「アフターダーク」であることからお気づきかもしれませんが、尾崎さんは村上春樹が好きで、大学の卒業論文も村上春樹について書いたのだとか。レンガの外壁と畳が敷かれた読書スペース、新刊と古書──。日本文学を学んだ元SEが開いた店は、一見ギャップがあると思われるもの同士が絶妙なバランスで共存している、とても居心地のよい空間です。

BREWBOOKS 尾崎さんのおすすめ本

『私の証明』星野文月著(百万年書房)
ある日、恋人が脳梗塞で倒れた──。著者である星野文月さんが恋人やその家族と連絡が取れない不安の中で綴った普通の人生における、普通じゃない日々の記録。多くの人が何かを抱えながら日常を生きていることを想像させるこの本は、他者の思いを不確かに感じる時代だからこそ、共感を呼ぶのだと思います。
『放哉文庫 尾崎放哉 句集』(春陽堂書店)
五・七・五、季語、切れ字しかしらない俳句初心者の僕に自由律俳句は難しく感じますが、ほんの少しの言葉で情景を立ち上げる放哉の句は素直に楽しめます。生前、放哉は酒癖が悪く、随分問題のある性格だったようですが、句から受ける印象はまったく違うもの。本人の性格と句とのギャップも興味深いです。

BREWBOOKS
住所: 167-0053 東京都杉並区西荻南3−4−5
営業時間:平日・土 12:00~22:00、日祝 12:00~20:00
定休日:毎週月曜、第2・第4火曜
https://brewbooks.net


プロフィール
尾崎 大輔(おざき・だいすけ)
1982年、北海道生まれ。大学では日本文学を専攻するが、卒業後はシステムエンジニア(SE)としてIT業界へ。就職を機に住みはじめた西荻窪に惚れこみ、街に関わる仕事がしたいと2018年6月に退社。10月に麦酒と書斎のある本屋「BREWBOOKS」オープン。


写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。