霧は惑星に向かうあしたもいのろう

ときどき、東京タワーのちかくのお寺にかよって、てをあわせてすごしている日々がある。なにをいのっているんですかときかれても、なにかをいのっているわけではないので、なにもこたえられない。うろたえるだろう。お坊さんがきたらかくれるとおもう。はずかしくて。でも、てをあわせることがいまのじぶんにはだいじなようなきがして、という思いで、てをあわせていた。とくべつなおもいもなく。なんだかそれがただしいようなきがして。

すごくまよってたら、あなたのほんのいちばんさいしょにどっちをえらんでもいいんだ、正解なんだ、って書いてあったけれど、と言われて、ええっ、ってすごくおどろく。そうなの。どっちをえらんでもただしいんだ。どんどんわすれていってる。やだなあ。そもそも、ちゃんとおぼえてたこと、書いてたのかな。そのときもうわすれるぎりぎりの崖みたいなもんを書いてたのかも。崖のことをずっと書いてたのかも。あたまのなかに崖があるといったのは車谷長吉さんだったかな。やだなあ。わすれたひとがわたしにはたくさんいるはずで、そのひとたちをいっしょうおもいださないで、わたしもそのひとたちから思い出されずに、でもとつぜん思い出されるてまえの崖のようなところで、いろんなことを、たぶん、これからも、書いていく。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター