ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。



【連載33】
本と雑貨。どちらも作り手の“思いの強さ”に惹かれる
甘夏書店(東京・向島)大山 朱実さん

“師匠”に教わった、古本を自分で開拓する面白さ
水戸街道と桜橋通りが交わる向島3丁目交差点。その南角にある一軒家カフェikkAの2階に、本と雑貨を扱う「甘夏書店」はあります。カフェの店内に入ったら、奥まで進み、靴を脱ぐ。そして階段を上がっていくうちに、まるで友だちの家に遊びに来たかのような懐かしい気分になっていきます。2014年4月にオープンしたこの店の店主・大山朱実さんにお話を伺いました。
── こちらの店をはじめる前にも、本屋さんをしていたそうですね。
ええ、2011年7月からここに入るまでの間、鳩の街通り商店街(東京・曳舟ひきふね)のシェアショップでひと月のうち、1週間や2週間という単位で本と雑貨を扱う店をしていました。その商店街とのご縁は、商店街のミニ公園でイベントをやらないかと声をかけてもらったのがはじまりです。「ふるほん日和」というイベントが発足し、屋内の空きスペースも短期間お借りしました。元々、空きスペースは店を始める人にお手頃な家賃で貸し出す“チャレンジショップ”という形で、入居した人がシェアメンバーを探していると聞いた時に私も加わりました。

商店街にいると、個人店の店主さんと知り合う機会がたくさんあります。1階のカフェikkAさんとも、そのとき顔見知りになり、この一軒家で開催された器と本のイベントに参加したことで親しくなりました。一緒にシェアショップをやっていた人が遠くに引っ越すことになったときに、ikkAさんが「ここが空くよ」と声をかけてくれたので、この場所で店を構えることを決めました。
── もともと本屋さんになりたいと思っていたんですか?
子どもの頃から、“本が友だち”というくらい好きでしたが、仕事にしようとは考えていませんでしたね。本の良さを伝えたいと初めて思ったのは、子育てをしているとき、読み聞かせをするなかで、絵本の面白さに気づいてからです。「一箱古本市」に出はじめた頃、岡崎武志さんの古本講座に参加して、自分で開拓する古本の面白さに気づかせてもらいました。だから私にとって、岡崎さんは”古本師匠”(笑)。ちょうど、育児をしながらフリーでできる仕事を探していたときで、その頃は個人で新刊を扱うという発想がなかったので、自然と古本を扱う本屋へと向かっていきました。

── いま店内には、新刊もありますね。
最初は古本だけでしたが、イベントを通して気になるリトルプレスに出合ったことから、ZINEやリトルプレスを扱うようになりました。そのうち文筆家・木村衣有子ゆうこさんがzineを見に来店し、ご自身で編集発行しているリトルプレス「のんべえ春秋」を紹介してくださいました。それから販売が始まり、ikkAに私が来たときには、木村さんの新刊書籍も扱えるようになりました。それから出版社の人ともつながりができ、少しずつ増やしていって、いまでは3割弱が新刊です。

手ぬぐいを置きはじめたのは、街をPRするため
── 絵本から建築に関する本、そして向島にゆかりのある作家の本まで、幅広くありますね。
近くに森鴎外や幸田露伴、堀辰雄などの旧居跡がありますし、文豪ゆかりのものを求めて観光で来る人もたくさんいるので、できる限り揃えておこうと思っています。この辺りは20年くらい前から、使われなくなった古民家をクリエイターの人たちが活用しはじめて、アートイベントがよく開かれるようになりました。そこに私もブックカバーを出展するなどしていたわけですが、ここ墨田区はモノづくりをする人がたくさんいるので、絵本を見るのは子どもに限らず、創作のヒントにしている人もたくさんいます。

── たくさんある雑貨のなかで、とくに手ぬぐいが目を引きます。
手ぬぐいは、鳩の街通り商店街のシェアショップにいた頃に扱いはじめました。スカイツリーが建設されていく街を背景に、一匹の猫が家族になるまでを描いた長縄キヌエさんの作品「出会い」が、最初に置いた手ぬぐいです。その頃はスカイツリーが完成する前で、向島や曳舟、押上のことを知らない人がたくさんいたので、街のPRになればいいなと思ったんです。それから扱う作家さんや作品がどんどん増えていって、いまに至ります。

── お店を向島に構えてよかったなと思うことは、なんですか?
何と言っても、人のあたたかさですね。以前、商店街でイベントをしたときにメジャーで寸法を測っていたら、知らないおじさんが「片方持ってあげるよ」と手を貸してくれたり、通りすがりのおばさんが「イベント何時から?」と声をかけてくれたりして、まるで関西の人みたい(笑)。私は学生時代と社会人になってしばらくを関西で過ごしたので、居心地の良さを感じました。それにここは故郷の金沢に近しいところもある。金沢は兼六園で、こちらは向島百花園。どちらも川や路地があって、文学作品の舞台になっている町として、情緒がある。散歩していて気持ちがいいところも似ています。

この街には小さな個人店がたくさんあるので、情報交換もできるし、部活の仲間のような関係性も良いところ。頑張っている個人店の人と会って話をすると、刺激を受けるし、励みにもなります。
向島にある一軒家を、丸ごと楽しんでほしい
── 観光客が多い地域だけに、コロナの影響が大きかったのではないでしょうか。
そうですね。イベントに力を入れてやってきたところもあるので、これからどうしようかと悩みつつ、(2020年)4月、5月の自粛期間中は店を休んで、通販サイトの準備などをしていました。営業を再開した6月は16時までと時間短縮しましたが、7月以降はこれまでの営業時間に戻し、毎年夏に1階のカフェikkAさんとこの店、そして、ふすまの向こうにある和室のイベントスペースを使って開催している「本と手ぬぐい」展も、予定通りできました。
── イベントは富山など、東京以外でも開催されているようですね。
遠く離れた場所でイベントをするようになったのは、ここでブックカバー展を開催したときに、作り手の思いがあふれた作品を、もっと多くの人に伝えたいと思ったから。「ふるほん日和」の仲間だった、旅をしながら旅の本を売る「放浪書房」さんの松山のイベントにお邪魔したり、京都の古書店「レティシア書房」(京都市)さんで展示したりするうちに、放浪書房さんから富山にある古書店「ひらすま書房」(射水いみず市)さんを紹介してもらいました。ひらすま書房さんで、昨年開催した「ZINEと手ぬぐい」展には直接行けず、残念ながらモノをお送りするだけでしたが、一昨年からの連続開催だったので意図をくみ取っていただきました。感染防止対策の情報交換等、打ち合わせも重ねて、なんとか無事実施できました。

── これからやりたいことは何ですか?
1階のカフェikkAさんとの共同イベントとして、ゴールデンウィーク辺りに古本市を開催できたらと考えています。毎年夏に開催している「本と手ぬぐい」展では、1階に手ぬぐいを展示していましたが、今度は本そのものを1階のカフェにも展示販売します。期間中は本にまつわるカフェのメニューも出してもらう予定なので、より多くの人にゆったりとした空間で、本を手にとってもらうことができます。向島に昔からある一軒家を丸ごと楽しんでもらえたら、うれしいです。

絵本のような甘酸っぱいものから、文豪の手による渋い内容の、ほろ苦いものまで扱っているから、“甘夏”書店。一見、本と関係ないかと思われる手ぬぐいも、折りたためばブックカバーにできるそうです。手触りと風合いを楽しむところ、そして長く楽しめるところもどこか似ている紙と布。ここにあるのは、大山さんが作り手、書き手の思いの強さ、視点の面白さに惹かれたものばかり。このスペースに収まりきらない大山さんの思いが、イベント・展示、という形で、向島から全国各地に広がっていきます。


甘夏書店 大山さんのおすすめ本

『誕生花で楽しむ、和の伝統色ブック』オオノ・マユミ著(パイインターナショナル)
2017年イタリア・ボローニャ国際絵本原画展ノンフィクション部門に入選されたオオノ・マユミさんによる、366日の誕生花を日本の伝統色で描いたイラスト集。RGBとCMYKのカラーガイド付きなので、クリエイターの人たちにも好評です。この本があるだけでコミュニケーションが広がりますし、カレンダーのように、日替わりでページを開いて飾るのも素敵。贈り物にもおすすめです。

『明日咲く言葉の種をまこう──心を耕す名言100』岡崎武志著(春陽堂書店)
書評家、コラムニストとして活躍する岡崎武志さんが、本、映画、ドラマ、校歌、墓碑銘などから集めた100本の名言とその背景や思いをまとめたこの本を読んで、日々の生活に追われ、乾いていた心が揺さぶられました。これは人生の機微を味わえる名言エッセイでありながら、「自分はどう生きるか」を考えさせられる、思索の書でもある。岡崎さんの人生観、仕事の姿勢にはっとさせられます。

甘夏書店
住所:131-0033 東京都墨田区向島3-6-5 一軒家カフェikkA2階
営業時間:12:00-18:00
定休日:毎週火曜・水曜
※店主不在日(木曜・日曜)は、1階のカフェikkAにて会計
https://amanatsu-shoten.hatenablog.com/

プロフィール
大山朱実(おおやま・あけみ)
石川県生まれ。新卒で就職した不動産会社を、出産を機に退社。子育てをしながら不動産系出版社勤務を経て、同業界誌のライティング活動をしているときに、読み聞かせを通じて絵本の面白さを知り、「一箱古本市」に参加を開始。2010年より向島で「ふるほん日和」というイベントを主催する傍ら、2011年7月から鳩の街通り商店街内のシェアショップに参加したのち、2014年4月に「甘夏書店」オープン。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。