ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。



【連載34】
この街で暮らす人に、そっと寄り添う本屋でありたい
パン屋の本屋(東京・日暮里)近藤 裕子さん

フェルト工場から、パン屋と本屋へ
2016年12月にオープンした「パン屋の本屋」は、荒川区日暮里の商業施設「ひぐらしガーデン」のなかにある、新刊書店です。パン屋と本屋が併設された建物は、壁が黒い木で統一されていて、とてもシック。手前には焼きたてのパンが買えて、カフェスペースもある「ひぐらしベーカリー」、中庭をはさんだ奥にパン屋の本屋はあります。パン屋ととともに歩んできた本屋とは、どのようなお店なのか。店長・近藤裕子さんにお話を伺いました。
── おいしいパン屋さんと気軽に立ち寄れる本屋さん。どちらも近所にあったらうれしいお店ですが、ひぐらしガーデンは、どうしてパンと本のお店になったのでしょう。
日暮里はもともと繊維関係の工場が多い地域で、ここも大正時代に創業したフェルト生地を製造する工場でした。工場を閉鎖したあと、オーナーが新しい事業をはじめるにあたり、地域の人たちの暮らしに寄り添った心地よい場所にしようと考えて、出てきた答えがベーカリーカフェと書店だったそうです。「パン屋の本屋」という店名ですが、ここにあるのはパンに関する本だけではありません。絵本から雑誌、文芸書まで、幅広いジャンルの本をそろえています。

── 近藤さんは、オープン当初からいらしたんですか?
私が働きはじめたのはオープンしてからちょうど1年経った、2017年12月からです。地元(東京・昭島市)で書店員したあと、ここが店長を募集していることを知りました。自分から応募したものの、この空間があまりにおしゃれすぎて、最初はちょっと気後れしていたんです。でも、パンと本を通して、地域の人に喜んでもらいたいというコンセプトに賛同して、働くことになりました。

── では、近藤さんは2代目の店長ということですね。
はい。初代の店長は、いま「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」の店長で、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)を書いた花田菜々子さんでした。花田さんはサブカルチャーやディープな世界に強い人でしたが、私はジェネラルな人間で、以前働いていたのも、いわゆる街の本屋さん。絵本や児童書の割合が5割というのは、オープン当初から変わりませんが、より幅広くなっていると思います。

イベントには、コラボパンが登場
── 近藤さんが選書するときに気を付けているポイントを教えてください。
1冊1冊の本を丁寧に届けたいので、「あの子は電車が好きだったな」「この歴史小説はあの方におすすめしよう」というように、読む人の顔がすぐに思い浮かぶ本を仕入れるようにしています。この店に来て、「いい時間を過ごしたな」と思ってもらえることが何よりも大事。だから、お客さんから選書を頼まれるときも、自分の思いを押しつけすぎないよう心がけています。

── さすが「パン屋の本屋」だけあって、「パンの本」の棚は充実していますね。
やはりパンが好きな人がたくさんいらっしゃるので、パン屋さんを紹介するガイド本から、作り方、パンが題材になった本、それにパンをテーマにした絵本もたくさんそろえています。なかでも、『どうぶつパンやさん』(さとう めぐみ作、ひかりのくに)は人気がありますね。前から読んでいくと、しろくまのパン屋さんが朝からパンを作るお話がスタートして、後ろから読むと、お客さんのねこがパンを買いに来る。2つの話が真ん中で合うという構成がユニークです。

── パン屋さんが併設されていることで、よかったと思うことはなんですか?
本屋は本を買ってもらうまでが仕事なので、本が買われたあとのことは分かりません。でもここは、店から中庭越しにカフェが見えるので、お茶を飲みながら買ったばかりの本を読んでいるお客さんの姿を見ることができる。そういうとき、幸せだなぁとしみじみ感じます。さっきお話しした絵本『どうぶつパンやさん』の発売を記念して、「春のどうぶつパン祭り」を開催したときは、ベーカリーのシェフに、かわいい動物のパンを焼いてもらいました。
イベントに合わせてコラボパンができるのは、ここならではの強みです。

コロナで気付いた、本がもつ底力
── 今年、予定しているイベントはありますか?
本屋とパン屋のコラボは、年に2回くらいやりたいので、まずは5月のゴールデンウィークあたりにできればいいなと考えています。パンは焼くとふくらんで形が変わるので、テーマによっては難しいこともありますが、いくつか考えているネタのどれかを実現できたらいいですね。(新型コロナによる)この状況になってから、イベント開催は制限されましたが、本を求めてたくさんの人が来てくれて、改めて本がもつ底力に気付かされました。中庭なら密になりませんし、暖かくなったら「おはなしかい」も再開したいです。

── この店の店長になって、近藤さん自身が変わったこと、気付いたことはありますか?
この店に来てから、大変なことも楽しめるようになりました。困ったときは1人で抱え込まないで、人に助けを求めるうちに、だんだん知りあいも増えて、世界が広がっていきました。それと、ここで気付いたことと言えば、私は小さな子にモテるということ(笑)。私のことを「えほんやさん」と呼んでくれる子や、中庭のステップから「見てて!」と声をかけてきてジャンプを披露する子など、小さな常連さんたちに囲まれた生活は、新鮮で充実した毎日です。これからも本を通して、この街で暮らす人に寄り添っていきたいと思います。
ひぐらしガーデンではスタッフのネームプレートに、おすすめのパンが書かれています。近藤さんのおすすめは、生地の味で勝負するシンプルなバゲット。何にでも合わせることができて、パンそのものがおいしいと、一緒に食べるものまで引きたてるバゲットは、お客さんの好みに合わせて本をセレクトする近藤さんにどこか重なる気がします。中庭に植えられている木は桜。春には本屋とパン屋どちらからもお花見が楽しめます。


パン屋の本屋 近藤さんのおすすめ本

『たゆたえども沈まず』原田マハ著(幻冬舎)
天才画家フィンセント・ファン・ゴッホが、浮世絵を売る日本人画商・林忠正と出会い、世界を変える1枚を生み出す物語。どちらかというと弟・テオが中心となる話ですが、読みすすめるうちに事実とフィクションの区別がつかなくなるほど引き込まれていきます。アートに造詣が深い人だけでなく、そうでない人も楽しめる1冊です。

『ヒルダの冒険1 ヒルダとトロール』ルーク・ピアソン著(春陽堂書店)
怖いもの知らずのヒルダの冒険と成長を描いたこの本は、Netflix(ネットフリックス)で話題になったアニメシリーズの原作です。ヒルダの少し斜に構えた視点がかなりユニークで、おそろしいトロールなど出てくるキャラクターも個性的。独特な視点で紡がれた物語が、人生にはユーモアが必要だと気付かせてくれます。

パン屋の本屋
住所:116-0013東京都荒川区西日暮里2-6-7 ひぐらしガーデン1階
電話番号:03-6806–6444
営業時間:10:00-18:00(当面の間17時まで)
定休日:月曜
※月曜が祝日の場合は翌火曜定休
http://higurashi-garden.co.jp/

プロフィール
近藤裕子(こんどう・ゆうこ)
1972年、東京都生まれ。地元・昭島市で書店員として働いていた頃から、本屋を巡る旅に出かけるほど、本屋が好き。「パン屋の本屋」がオープンして1年後の2017年12月から、2代目店長として書店運営すべてに携わっている。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。