ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。



【連載35】
本屋はいろんなものが流れ着く、海岸線のよう
ペレカスブック(埼玉・草加)新井 由木子さん

本や物語は、事実の〈尾ひれ〉のようなもの
大名行列や江戸へ商品を運ぶ商人たちが行き交った日光街道の、江戸から2番目の宿場として栄えた草加の街。街道沿いにあるカフェコンバーションの一角に小さな本屋さん「ペレカスブック」はあります。店主である新井由木子さんの本業はイラストレーター。小説の挿絵などを手がけ、自身で絵本や本も制作してきた新井さんがはじめた、本を売る仕事。絵と本と草加のこと、そしてモノづくりにかける思いについて、お聞きします。
── 本屋をはじめようと思ったきっかけは何ですか?
挿絵を担当していた桐野夏生さんの連載「夜の谷を行く」(『月刊文藝春秋』)が終わったとき、この先、絵だけで生きていけるだろうかと急に不安にかられたんです。自分にとって絵は絶対に手放したくない大事な仕事。でも、それで生活できるかどうかは別問題です。駆け出しの頃、物語のそばに寄り添う挿絵を描きたいと文芸誌に売り込みにいったくらいですから、昔から本は好き。ちょうど子育ても終わった時期だったので、思い切って新しいことに挑戦してみようと、2016年にこの店をオープンしました。

── 開店当時は、絵本が中心だったそうですね。
はい、最初は絵本を数多く扱っていましたが、お客さんのリクエストに応えていくうちに、ジェンダーやリベラルアーツに関する本など、だんだん大人向けの本や物語が増えてきました。一応、古物商の免許は持っていますし、昔の雑誌『STUDIO VOICE』など、私の蔵書もほんの少し置いていますが、古本の買い取りや買い付けはしていないので、メインは新刊です。ご覧のとおり、ここはスペースが限られているので、たくさんの本は置けないけれど、わざわざ足を運んでくれたお客さんに「来てよかった」と思ってもらえるような本を揃えておきたいと思っています。

── “アマビエ”みたいなお店のキャラクター(顔が猫、身体が魚)は、新井さんの手によるものですか?
たしかに、アマビエに似てますね(笑)。でも、アマビエが世間に知られるずっと前から、うちの店のキャラクターはこの“ペレニャン”。「ペレカス」と好きな猫を組み合わせて私が描きました。ペレカスは〈尾ひれ〉という意味のリトアニア語です。本や物語は、事実の尾ひれのようなものだから、最初は尾ひれという意味の英語にしようと思っていました。でも、“Fin”はフランス語だと〈終わり〉を意味するからやめて、ほかに語感がよい外国語はないかと探していたとき、たまたま見つかったのがリトアニア語のペレカスでした。

本屋を続けるために、紙製品の制作・販売を開始
── 東京ご出身の新井さんが、どうして草加に店を構えようと思ったのでしょう。
東京と言っても、私が生まれ育ったのは伊豆諸島の式根島で、父方の祖父の家が草加。教員をしていた草加出身の父が式根島に赴任して、そこで母に出会い、私が産まれました。両親はいまも式根島にいますが、私は祖父が草加に残した古い家で暮らすようになって20年くらい経ちます。
草加は歴史ある宿場町なのに、昔の建物があまり残っていないので、もったいないと思うことが多々あります。それで、街の良さを再発見できるよう、地元のリラクゼーションサロン「ハンモックリフレ Kikuya」さんと一緒に、「草加を歩きたくなる地図」を制作しました。第1弾は〈草加宿場通りのお昼ごはん〉で、第2弾が〈パン特集〉です。

「草加を歩きたくなる地図」第1弾の〈草加宿場通りのお昼ごはん〉

── 〈パン特集〉の地図には、公園の場所も紹介されていますね。
買ったパンを公園で食べるのもいいかなと思って、30カ所の公園を地道に自転車で探して入れました。〈パン特集〉は薄紙にパンのイラストをプリントしたラッピングペーパーをセットにして500円、〈草加宿場通りのお昼ごはん〉は地図そのものがラッピングペーパーとして使えるよう薄紙にプリントして、草加せんべいやランチの写真などをまとめたものと4枚組300円で販売しています。本屋は本を売るべきところですが、この規模で新刊の扱いだけでは、とても店が成り立ちません。本屋を続けるために、地図のほかにも絵本を持ち運ぶための「ぞうの絵本バッグ」や巨大アルファベット迷路、それにしおりなど、紙製品の制作と販売もしています。

「草加を歩きたくなる地図」第2弾〈パン特集〉と「ぞうの絵本バッグ」

── この、とても小さな『記憶の本』も新井さんの制作ですか?
ええ、これに関しては製本まですべて手づくりです。以前、私が『小説すばる』(集英社)で連載していた不思議な話の聞き集めを『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』(大日本図書)として出版しましたが、それ以降に新たに集めた話を1話ずつ昔のマッチのような形状に仕立てたのが『記憶の本』。1冊150円で売っています。私は子どもの頃から夢か現実かわからないような、怪しいもの、不思議なものに惹かれるところがあって、怪談やホラー映画も大好き。ちょっと怖さが入っていたほうが、悲しいこと、うれしいこと、美しいことがさらに引き立つじゃないですか。

最後を走っていたら、周回遅れで一番になる人に
── 新井さんが描かれた挿絵も幻想的というか、怪しげな雰囲気のものが多いように感じます。ペレニャンのタッチとは全然違いますね。
小説の挿絵は、パラパラとページをめくったときに手が止まること、作家さんが紡ぐ物語への扉になることを意識して描きますが、ペレニャンは自分の指先から自然に出てきた線です。どちらかというと、ペレニャンのタッチのほうが描いていて楽しいかな。イラストだけでは厳しいと思ってはじめた本屋ですが、本屋になったことで、地元の野菜やレストランで使うシールなど、地域の印刷物の仕事を頼まれるようになり、絵の仕事も増えました。

そう言えば……、イラストレーターとしてデビューするきっかけとなったHBギャラリー大賞を受賞したとき、グラフィックデザイナーの廣村正彰さんに「新井さんは先頭を走る人じゃなくて、最後を走っていたら、周回遅れで一番になる人になってほしい」と言われたことを思い出しました。

── 人と同じような競い方をするな、ということでしょうか。
そういうことなんですかね。周回遅れで一番になった感覚もないし、最後を走っていたら、いつの間にかコースを外れちゃった感じはありますけど(苦笑)、いまになって、その言葉が腑に落ちました。本屋をはじめて、憧れの海外旅行にはますます行けなくなりましたが、ここにいると向こうからいろんなことが流れついてくる、海岸線にいるような感覚になることがあります。本やお客さんを通して世界がどんどん広がっていく。一番やりたいのはやはり絵を描くことですが、いまの私にとって、本屋も欠かせない大事な仕事です。
コロナの感染拡大によって、店で定期的に開催していた林家つる子さんの落語会ができなくなった新井さんは、現在「江戸の落語図」を制作中。〈芝浜〉や〈初天神〉など、古典落語の演目に出てくる江戸の町と登場人物を新井さんが描き、そこにQRコードを入れて、つる子さんの落語動画に飛べる仕組みを考えているそうです。落語図にいまのところ草加は入っていませんが、日光街道を舞台にした新作落語ができたら、第2弾の落語図ができるかも? まずは「江戸の落語図」、完成が楽しみです。


ペレカスブック 新井さんのおすすめ本

『愛されすぎたぬいぐるみたち』マーク・ニクソン著、金井真弓訳(オークラ出版)
写真家のマーク・ニクソンが、U2のボノやミスター・ビーンの何十年も一緒に過ごしたボロボロのぬいぐるみを撮り、愛情あふれる文章とともに紹介しています。内容もさることながら、ベルベット加工が施されたカバーのしっとりとした手触りも秀逸。細部にまでこだわった作り手の熱量を感じられる本です。

『人魚の嘆き・魔術師』谷崎潤一郎著(春陽堂書店)
大正時代に春陽堂から刊行された大型本が、100年の時を経て完全復刻されました。水島爾保布におうの装画や挿絵、当時のままの書体も素敵。いまはモノづくりが誰でもできるカジュアルなものになり、それはそれで良い面もありますが、この本のように洗練を極めた作品を遠くに目指しながら、モノづくりはしたいものです。

ペレカスブック
住所:340-0015埼玉県草加市高砂1-10-3カフェコンバーション内
電話番号:090-5325-8065
営業時間:11:00-19:00
定休日:日曜
https://www.pelekasbook.com/

プロフィール
新井由木子(あらい・ゆきこ)
1968年、東京都生まれ。1999年にHBギャラリー大賞を受賞したのち、イラストレーターとして装画や挿絵を中心に活動し、絵本やエッセイも発表。2016年、「ペレカスブック」をオープン。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。