ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。



【連載36】
いつの時代も、惹かれるのは“インディペンデント”なもの
ブックギャラリーポポタム(東京・西池袋)大林 えり子さん

むさぼるように読んだ、居場所としての絵本
にぎやかな池袋と静かで落ち着いた目白。対照的な2つの街に挟まれた閑静な住宅地にあるギャラリー併設の書店「ブックギャラリーポポタム」。2005年4月にオープンしたこの店は、白壁にあしらわれたステンドグラスの小窓が印象的で、店内には古今東西のさまざまな本やリトルプレス、アート作品やグッズが並んでいます。アートやインディーカルチャーに造詣が深く、最近は韓国の美術史や本に夢中だという店主の大林えり子さん。16周年を迎えたお店のこれまでとこれからについて、お話を伺いました。
── ギャラリーを併設している本屋さんはたくさんありますが、こちらは店名に「ブックギャラリー」と入っているので、美術に対する思い入れがありそうですね。
ええ、大学で美術史を専攻していましたから、美術は好きです。若い頃から本やサブカル、インディ系のライブも大好きでしたが、卒業して間もなく子どもが産まれて、とまどいながら初めての子育てがはじまりました。子育てと自分の好きなものは相容れないと思っていましたし、当時(90年代前半)の絵本は、お母さんが子どもに読んであげる内容のものが大半で、自分の好きなものを手放さなければならないと途方に暮れていた。そんなとき、スズキコージさんや木葉井きばい悦子さんなどの画家が手がけた「架空社」の絵本に出合いました。

── 特に印象的だった本を覚えていますか?
木葉井悦子さんの『カボチャありがとう』です。本屋さんで見つけたとき、「この絵本はなんだ!」と衝撃を受けて、子育ての中に自分の居場所を見つけられたような、救われる思いがしました。それまでもブルーノ・ムナーリやトミー・アンゲラーなど、美術家が絵本を出していることは知っていましたが、実際にアーティスティックな絵本を目の当たりにして、私の絵本観がガラリと変わりました。それ以来、背表紙に架空社のマークを見つけたら、ジャケ買いならぬ“マーク買い”(笑)。ベビーカーを押して本屋や図書館を巡り、ときめく絵本を探しては、むさぼるように読みました。
夫と私の好みは違いますが、絵本には好みを越えた驚きがあり、一緒に絵本紹介のミニコミ誌『25才児の本箱』をつくって、中野の「タコシェ」や西荻窪(当時は吉祥寺)の「トムズボックス」に置いてもらいました。それから、編集とライターをしばらくしていましたが、絵本を紹介するだけでなく、直接手渡す場をつくりたいと考えるようになりました。

── それはいつ頃のことでしょう。
90年代後半です。それから物件を探しましたが、ちょうど2人目ができたので、いったん起業は後回しにして、上の子が通っていた共同保育所「ごたごた荘」の気の合う親たち何人かで店舗兼住宅を借り、「はらっぱハウス」という寄合所をつくって絵本の図書コーナーをはじめました。でも、何年か続けるうちに、やっぱり自分で店を構えて、本を売る仕事がしたいという思いが強くなっていったんです。『25才児の本箱』と同時期に発行していたミニコミのカルチャー誌『harappa』の取材で沢田マンション(高知県)を訪れたとき、セルフビルドに感激して、DIYでお店をつくろうと本格的に動きはじめました。

開店祝いは、名前入りのフローリング材
── この場所は、もともと何に使われていんですか?
ここは近くにあるステンドグラス屋さんの倉庫兼工房でした。入り口近くにある2つの小窓と、外観右上にある三角のステンドグラスはそのなごり。大工仕事が得意な、ごたごた荘の保育士さんや内装のプロである保育所で知りあったお母さんに手伝ってもらって、すべて自分たちでやりました。とにかくお金がなかったので、安く手に入るという理由であえて節が多い木材を床に使ったり、古い家を解体したときに出る、いらない木材をもらって棚にしたり。友だちには「開店祝いにお花はいらないから、代わりにフローリング材を買って」とお願いして、買ってくれた人には木材に名前を書いてもらいました。
── お寺を普請するときの瓦みたいですね(笑)。それにしても、この店ができるまでに、ごたごた荘で知りあった人たちの存在が大きい。
そうなんです。ごたごた荘は、30年以上前から「子育てのために仕事を休んでもいいじゃないか」「お父さんが子育てに関わらないのはもったいない」という考え方を、運営を通して発信している保育所で、その考えに共感する人たちが集まっていたこともあり、気の合う仲間たちと出会うことができました。そんな仲間たちとコツコツ内装工事を進めて、完成するまで3ヵ月くらいかかり、オープンしたのが2005年4月。ごたごた荘で出会った人たちには本当にお世話になりました。

韓国カルチャーに惹かれて、ソウルのアートブックフェアにも参加
── オープンから今年で16年、変わったところはありますか?
最初は絵本が中心でほとんどが古書でしたが、いまはほぼ新刊で、絵本以外の本が増えました。それと、私自身の興味の対象が絵本から韓国へと変わり、ここ最近は韓国カルチャーに夢中。きっかけとなったのは、2013年の「東京アートブックフェア」です。そこに出店していた「YOUR MIND」というソウルの書店で、シンガーソングライターでコミック作家、エッセイストでもあるイ・ランのエッセイ漫画を仕入れたとき、のちに仲良しになる通訳のキム・ラフくんと知りあいました。

その日の夜、新宿の「カフェ・ラバンデリア」でガールズロックキャンプのレポートを観に行ったら、ラフくんたちや毎年ZINEのイベント「ZINSTER GATHERING」を開いている野中モモさんや新宿の書店IRAの成田さんも来ていて、韓国に行こうという話になりました。私は人間関係や経緯がよくわかっていなかったのですが、この集まりが初渡韓のきっかけです。当時ソウルのインディカルチャーを代表する街・弘大ホンデのカフェ・ルルララ(2019に実店舗は閉店、現在移動カフェ「あちこちルルララ」として活動)でライブや展示が行われ、2泊3日があっという間。ラフくんやこのとき友達になったパク・ダハムくんたちとの交流がはじまり、彼らにソウル・アートブック・フェア「UNLIMITED EDITION」への出店を勧められ、2015年に参加してからというもの、年に何度も韓国に足を運ぶようになりました。
── 韓国カルチャーのどのようなところに惹かれますか?
私の知る韓国はごく一部ですが、私がいいなと思うのは、自分の力でなんとかしようとしている人たちがたくさんいること。やっぱり私、インディーズ、インディペンデントな人たちが好きなんです。コロナが収まったら、ギャラリースペースを改装したものの、はじめられずにいる“スナックギャラリー“をまずはオープンしたい。そして、韓国からミュージシャンのハ・ホンジンやカフェ・ルルララの店長を招いて、ここでライブとフードのパーティを実現するのが、当面の目標です。

レオポルド・ショヴォーの『名医ポポタムの話』(福音館書店)が店名の由来なので、店のキャラクターはカバですが、大林さんが好きなのは、実は蝙蝠こうもり。中国で蝙蝠は、「蝠」が「福」と同じ発音であることから幸福のシンボルとされていて、日本でも吉祥文様として江戸時代後期に流行していたそうです。大林さんの蝙蝠好きは、卒業論文のテーマが「蝙蝠文様」だったというくらいの筋金入りで、店名を決めるとき、「蝙蝠書店」も候補に入っていたのだとか。でも、絵本にしろ、韓国にしろ、大林さんののめり込み方、突進力はどこかカバのそれを彷彿とさせますし、ポポタムという音の響きは軽やかで親しみやすい。ポポタムで、いやポポタムがよかったと思います!


ブックギャラリーポポタム 大林さんのおすすめ本

『ぼくがふえをふいたら』阿部海太著(岩波書店)
自然の中から音楽がうまれるとき、生きものが体の内を音で表現するその瞬間を、画家であり、絵本作家でもある阿部海太さんが見事な絵と言葉でお話にしています。ポポタムをつくる前、心細かった自分がアーティスティックな絵本と出合い、居場所を感じられたときのドキドキする気持ちがよみがえる、ここ数年でもっとも痺れた絵本です。

『となりの一休さん』伊野孝行著(春陽堂書店)
イラストレーター・伊野孝行さんによるマンガとエッセイは、どこから読んでもいいバラエティ・ブック。一休宗純のエピソードが痛快で、何かと力づくでねじ伏せてくる現代社会を生き抜く指南書としても読めます。現代に生きる伊野さんが一休スピリットの翻訳者となり、それ以上に自身の表現にしているところが素晴らしいと思いました。

ブックギャラリーポポタム
住所:171-0021 東京都豊島区西池袋2-15-17
電話番号:03-5952-0114
※コロナ感染防止のため、現在実店舗は週末予約制(金曜 15:00-19:00、土曜・日曜 13:00-18:00)
http://popotame.com/

プロフィール
大林えり子(おおばやし・えりこ)
香川県生まれ。子育てをするなかで絵本に魅了されて、夫とともに絵本紹介のミニコミ誌「25才児の本箱」を発刊。絵本専門誌『月刊MOE』(白泉社)などで編集・ライターを経験したのち、インディ寄合所「はらっぱハウス」での絵本の図書コーナー運営を経て、2005年4月に「ブックギャラリーポポタム」オープン。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。