ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。



【連載32】
本を読むことで、“生きづらさ”を打破してほしい
本屋lighthouse(千葉・幕張)関口 竜平さん

「好きなことを仕事にする」という発想しかなかった
住宅地のなかにある畑の一角に、わずか2坪の小屋を建て、「本屋lighthouse(ライトハウス)」をはじめた関口竜平さん。2019年5月に開店して以来、関口さんは書店や出版社でアルバイトをしながら、電気もガスもない小屋で週1日だけの営業をしてきました。そして2021年1月、念願の新店舗〈幕張支店〉がいよいよオープンします。開店まで1ヵ月を切った12月下旬、まだ書棚に本が並びきっていない、準備真っ最中の本屋lighthouse幕張支店にお邪魔しました。
── お店の規模と設備からすると、こちらが本店のようですが、あくまでも〈幕張支店〉なんですね。
はい、本屋としてスタートした小屋は思い入れもあるし、これからも残しておきたいので、小屋が本店で、こちらが支店という位置づけです。とはいえ、ひとりで2店舗を同時に開けるのは無理なので、幕張支店がオープンしたら小屋本店はいったん休みにして、しばらくしてから何かしらの方法で再開しようと考えています。

── 関口さんが最初に本屋になろうと思ったのは、いつですか?
大学院に入ってすぐの頃です。院生になると、学部生のときとは比べものにならないほど、たくさんの本に触れ、ずっと本を読む生活になりました。それがまったく苦にならず、むしろ楽しかった。昔から、僕の頭には「好きなことを仕事にする」という発想しかなかったので、本というものに興味をもち、その延長上に本屋になるという目標ができたのは、自然な流れでした。
そもそも「好きなことを仕事にする」という考えは、子どもの頃、将来サッカーで生きていくと信じて疑わなかったことに始まります。もともと怪我をしがちな身体だったのですが、「これじゃプロになるための練習量には耐えきれないな」と高校1年の終わりに気づいてサッカーの道はあきらめて、大学生のとき、学校の先生になろうと考えるようになりました。それも「好きなことを仕事にする」という発想から出てきた選択肢のひとつでした。

── 学校の先生を目指していた時期があったんですね。
ええ、教職課程を取得して教育実習にも行きました。先生になろうと思ったのは、僕自身、小中高の学校生活がとても楽しかったからです。学校生活や人生を楽しく過ごすコツや感覚を子どもたちにつかんでもらいたい。そのお手伝いができたらと先生を目指したものの、教科を教えることにはいまいち気が乗らず、就職活動の時期には卒業論文を書くことに夢中になって、結局、大学院に進む道を選びました。
大学院で本に触れる生活を送るうちに、何かを教えるより、何かを提示して、そこから自由につかんでもらうほうが僕の性に合っているのではないかと思うようになりました。そのほうが、教師を目指したきっかけ、根本の部分に近い気がしたんです。こういう生き方がしたい、こういう大人になりたいと漠然と考えていたことにぴったり合うのが本屋だった。自分が本当にやりたいことが、本屋ならできる。そう確信してすぐに、書店でアルバイトをはじめたのが、僕の本屋としてのキャリアのスタートです。

とりあえず、全部ひとりでやってみる
── 大学院修了後に就職したのも、本屋になるための準備のひとつだった、ということですね。
はい、出版業界全体を俯瞰で見るために、まずは取次会社の仕事を経験しようと考えたんです。ちょうどその頃、“本屋の本”がたくさん出てきていたので、就職活動をしながら、ちょくちょく刊行イベントに顔を出したり、取次出身で当時、蔵前(東京)で実店舗を構えていたH.A.Bookstoreの店主・松井祐輔さんに話を聞きに行ったりしましたね。本屋の先輩たちにとって、“本屋を目指しているのに、取次に入ろうとしている学生”という存在が面白かったのか、勉強会などいろいろな集まりに誘ってもらうようになりました。
── そして取次に就職するも、すぐに退社されたということですが……。
1ヵ月の新人研修が終わったあと、出版部門とはまったく関係のない部署に配属されてしまったんです。思い描いていたルートからあまりに外れすぎていたので、それならいっそ本屋をはじめようと、5月末に辞めることを伝えて、6月末に退社。その年、2017年の夏にはそれまでに知りあった人の伝手で、本屋と出版社でアルバイトをはじめました。すぐに本屋をはじめたいという思いはあっても、資金がない。そんなとき、坂口恭平さんの『モバイルハウス 三万円で家をつくる』(集英社新書)を読んで、祖父の畑の一角を借りて、小屋を建てることを思いつきました。
── 小屋の開店は2019年5月ですから、建てはじめてから完成まで、結構時間がかかりましたね。
そもそもアルバイトのない土曜日にしか作業ができなかったということもありますが、最初は木で骨組みをつくろうとしていたけれど、素人が直角に組むのは難しいことが分かって断念したり、ある程度建てたものを途中で全部解体したり……。人の手を借りれば、もっと早くできたでしょうが、とりあえず、全部ひとりでやってみよう、そのプロセスも楽しもうと、ひとりで試行錯誤を繰りかえしているうちに、1年半もかかってしまいました。
小屋本店の常連さんで、赤ちゃんと一緒に来てくれるお母さんがいるのですが、その人は出産前に散歩しているとき、小屋が建っていく様子を見ていたそうです。結局、小屋よりも先に赤ちゃんが誕生したわけですが(笑)、完成するまで時間がかかった分、その常連さんのように「なんか建ててるぞ」と気にしてくれる人が増えていって、結果的によい宣伝になりました。

本屋lighthouseの原点である小屋本店

大きな影響を受けた、こだまさんとの出会い
── 苦労して建てた小屋で本屋をはじめた関口さんが、支店を開くことを決めたのは、いつですか?
具体的に決まったのは、2020年の夏です。小屋では電気が使えず、夏場の営業は暑くて死にそうだったので、早い時期からどこかによい物件はないかと探しはじめました。でも、幕張の希望するエリアではなかなか見つからず、どうしたものかと考えていたとき、この支店の2軒隣にあるHAMANO COFFEE STAND(ハマノ コーヒー スタンド)のオーナーさんから、「ここが空くけど、どう?」と声をかけてもらったんです。
不動産の売買をしている会社が移転したあとで、店の前は全面ガラス張り。段差のあるフロアや奥に部屋があるところなど、ひと目見ただけで、ここで本屋をやっているイメージがパッと思い浮かびました。居抜きで入れば、内装工事をする必要がないし、前にいた不動産会社も壊す工事費用がかからない。それに本とコーヒーは相性がいいので、うちの店の前をHAMANO COFFEE STANDさんの座席として使ってもらうこともできるという、3者ともにメリットのある良い物件が見つかってよかったです。

── 幕張支店に置く本は、小屋と何か変わりますか?
特に何も変わらないですね。広くなるので置ける冊数が増えるくらいでしょうか(笑)。それ以外はこれまでと変わらず、ヘイト本は置かないというスタンスで、ジャンルに関係なく、“生きづらさ”を打破できるような、人の心に寄り添う本を積極的に置いていきたいと思っています。そういうところにこだわるようになったのは、院生時代に読んだ、こだまさんの『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)の存在が大きいですね。もし自分が店を構えたら、つねに面陳めんちん(本の表紙を見せて陳列する方法)で置こうと心に決めたくらい、とても強い影響を受けました。
学校や社会が息苦しくなるのは、型や枠にはめられるから。本を読むことで、守るべきルールか、守らなくてもいい単なる決めつけや同調圧力かを、自分で考えて判断できるようになってもらいたい。店名を「本屋lighthouse」にしたのも、足元を照らす灯台のような存在になりたいと思ったからです。

H.A.Bookstore店主・松井さんから譲りうけた、すのこの陳列棚

── お話を聞いていると、とくに成長過程にある若いお客さんを意識して選書されている気がします。
言われてみると、そうですね。一時は学校の先生を目指したくらいなので、本を選ぶときに、どこか教育的なとらえ方をしているのかもしれません。教育的、といっても「本を読むと頭が良くなる云々」ではなく、むしろそれに反抗するような類のものです。子どもや学生だけでなく、大人にも言えることですが、“生きづらさ”を感じるような型や枠があれば、自分でずらすなり、超えるなりすればいいと思うのです。ひとりでも多くの人が、本に触れ、本から生きるヒントをつかめるように、本屋lighthouseも本屋の枠を少しずつ超えて、いろんなことに挑戦していきたいと思います。
『夫のちんぽが入らない』が文庫化(講談社文庫)されたとき、関口さんは小屋を建てながら、書店でアルバイトをしていました。著者のこだまさん、担当編集の高石さんと販促のやりとりをするうちに、3人は意気投合。このご縁から、実店舗ができる前の2018年に、本屋lighthouse初の出版物『寝ないと病気になる』が刊行されました。小屋を建てるのも、出版も、「とりあえずやってみる」。地元・幕張に文化の拠点をつくりたいと語る関口さんが、これから本屋の枠をどんなふうに超えていくのか、楽しみです。


本屋lighthouse 関口さんのおすすめ本

『キングコング・セオリー』ヴィルジニー・デパント著、相川千尋訳(柏書房)
著者自身の経験をもとに、力強い文体で書き綴られたフェミニズム・エッセイには、女性が生きていくうえで、ぶち当たる壁がたくさん描かれています。しかし、フェミニズムは女性だけでなく、男性をも救うもの。エンパワーメントの塊のようなこの本は、固定観念に縛られている男性にも読んでほしい1冊です。

『念力レストラン』笹公人著(春陽堂書店)
古めかしい言葉が使われた短歌を教科書で見ていたせいか、短歌というものに何となく苦手意識を持っていましたが、笹さんの作品からは「短歌って、こんなに面白いんだぜ」「自由にやっていいんだよ」というメッセージがガンガン伝わってくる。詠んでいる本人がいかにも楽しそうなところが、何より素晴らしいと思います。

本屋lighthouse 幕張支店
住所:262-0032千葉県千葉市花見川区幕張町5-465-1-106
メール:books.lighthouse@gmail.com
営業時間:12:00-19:00
定休日:毎週月曜・火曜、第3水曜
https://books-lighthouse.com/

プロフィール
関口竜平(せきぐち・りょうへい)
1993年、千葉県生まれ。大学院在学時に本屋になることを決意して、書店でアルバイトをスタート。出版業界を広く知るため、大学院修了後は大手取次に就職するも、出版とは関係のない部署に配属されたのを機に退社。その後は書店や出版社でアルバイトをしつつ、住宅地にある畑のなかに自力で小屋を建てはじめ、2019年5月に電気も水道もない小屋で本屋lighthouseの営業を開始。2021年1月、本格店舗の幕張支店をオープン。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。