【インタビュー】『残酷な遊戯・花妖』編者・七北数人さん

2021年2月に、坂口安吾の未発表小説を掲載した『残酷な遊戯・花妖』を刊行しました。刊行後、未発表原稿の発見が新聞・テレビなどでも話題となり、本書もたちまち増刷となりました。そこで今回、増刷を記念して、編者のおひとりである七北数人さんに、本書の魅力を語っていただきました。

本書の巻末には、編者2人の解説対談も掲載しています。その一部分をこちらに再掲載するとともに、分量の関係で本には掲載できなかったお話もWeb限定で公開します。

【対談】「残酷な遊戯」と安吾の魅力 浅子逸男さん・七北数人さん


新原稿発見の経緯
編集部 今回新たに見つかった原稿は、今まで誰もその存在を知らなかった坂口安吾の未発表小説で、本書が初公開となるわけですね。「坂口安吾」と署名は入っていますが、タイトルは付いていませんが――
七北 安吾はタイトルを完成後に付けることも多かったので、未完で未発表の本作は題未定となるわけですが、本書収録に当たっては便宜上、「残酷な遊戯」と仮題を付しました。作中で使われる語句から採ったもので、ヒロイン雪子の復讐の企てが、雪子にとっては「遊戯」であり、それは誰の目にも「残酷」なものと映る。ちょっとテーマを暗示するというか、安吾作品にはテーマに絡むタイトルも多いので、顰みに倣った次第です。それにしても、原稿用紙四十一枚ものまとまった小説というのは、今までにない大発見ですね。
浅子 しかもあの新聞連載長篇「花妖」の原型で、ヒロイン名も同じ、それが戦前に書かれていたというのは驚きでした。
七北 本当ですね。「花妖」は安吾最大の野心作の一つですし、これを絶讃する人も少なくありません。大井広介は「坂口の小説から代表作を一つあげろといわれれば、私は躊躇なく「花妖」をあげる」と書いてますし、野原一夫も「安吾文学の一つの頂点」と評価しました。あの長篇は完全に戦後の発想だろうと思ってましたから、見せてもらったときは唸りましたよ。
浅子 神保町のけやき書店さんが古書市で見つけられたのが第一のお手柄でした。店主の佐古田さんは無頼派全般に非常に詳しい方ですからね、今までどこにも発表されたことのない小説ではないかと当たりをつけて購入された。それで七北さんや私のところへ本当に新発見の原稿かお聞きに来られて、最終的に私が購入することに決まったわけです。
七北 この原稿を持ち込んだ人の素性はわからないのですか。
浅子 持ち主から最初に購入したのは別の古書店で、素性は聞けなかったんだそうです。誰がどうしてこの原稿を預かったのかがわかれば、いろいろ見えてくることもあったのに、そこはちょっと残念でした。でも、原稿用紙は非常に薄いのに、破れもなく綺麗な状態で、大事に保管されてたのがわかりますね。
七北 文字も、最も丁寧に書くときの安吾の字ですから、何かに下書きがされていて、清書にとりかかったけれど、四十一枚めまで来て、構想が変化したか、何かが気に入らなくなったかして、プツンと書きさしてしまった、そういう感じでしょうか。
編集部 安吾は下書きをしてから清書するタイプの作家だったんですか。
七北 そういう場合が多かったようです。戦前の原稿やその下書き類は、安吾自身が残すことに無頓着でしたからほとんど残ってないんですが、三千代さんがウチに入られてからは、書きさしの反故まで保管してあったので、それを見ていると清書するタイプだったとわかります。長いものでは確実にそうでした。「火」などは三段階ぐらいにリライトしてるので、それぞれの段階の草稿も残ってて、見比べると面白いですよ(全集第十五巻所収)。
(※ここまで、書籍解説より。続きは書籍でお楽しみください。以下は書籍未掲載です)
「残酷な遊戯」にある「火」のイメージ
浅子 「残酷な遊戯」には、いろんな種がまかれていますよね。
七北 安吾の小説は、「風」のイメージが強いですが、実は「火」のイメージもある。それが現われ始めるのは『紫大納言』あたりからだと思っていたのですが、『残酷な遊戯・花妖』に収録した作品を読みかえすと、「小さな部屋」あたりから「火」のイメージを描いていたことがわかりました。「残酷な遊戯」の雪子も、単純なファム・ファタールではなくて、自分の情熱を思いっ切りさらけ出して、破滅に向かっていく、刹那的なものに情熱を燃やしていくようなタイプのヒロインです。安吾は現代物ではあまりそういう主人公は書かなかった。
浅子 「火」というのは、いままでの安吾イメージを転換しますね。安吾といったら何といっても「風」ですから。そして、「空」であり「海」ですから。
七北 「花妖」の雪子は最後のほうで、二重人格・三重人格じゃないけど、「いろんな自分になる」と宣言をしていますよね。雪子は魔性の女なのですが、物語が進むにつれて、そのなかにある聖なるイメージが際立っていきます。
浅子 変幻自在ですよね。そこに惹かれる「花妖」の英彦のような人物は、「不連続殺人事件」など、安吾の他の作品にも繰り返し出てくるパターンですね。「夜長姫と耳男」、あとは「ジロリの女」もそうかもしれない。
七北 しもべみたいな男、自分が下になることに快感を覚えるようなタイプの男ですね。安吾はロマンを書くためにいろんな人間を組み合わせますが、先を決めないで書き進めるのでみんな似たところが出てきちゃう。事前に決めていないので安吾も予測できていない。長編だと特にその傾向が強い。その結果として、ヒロインもヒーローも、みんな安吾の分身のようになっていく傾向があります。「火」という長編は、発表されなかった第2章の終わりのほうで、ぼろぼろになった女性がたった1人で海辺を歩いているシーンで終わりますが、この自分で好んで孤独を選んでいくようなところは、たぶん、安吾の心と重ねられているんじゃないかな。
安吾作品の心理と行動
浅子 「不連続殺人事件」で、人間の無限の心理、という表現をしますよね。安吾はあの頃、それを実験していたんだろうな。「不連続殺人事件」が完結したのは、行動につながっているからです。それに比べると、特に現代小説の場合は、行動につながっていかないものも多い。
七北 多いですよね。「吹雪物語」とか、長編なのに、何も起こらないで終わってしまう。
浅子 長編で完成したものは「不連続殺人事件」と「信長」ぐらい。安吾は、心理を書いていって読者に期待だけさせておいて、ふっと中断してしまう。だから、可能性を含む作家としては面白いのですが、完成したものを読むと、うまくいっていないものもある。
七北 長編の場合は、狂言回しに当たる人が出てくると物語が進みますね。「街はふるさと」などは、それで完結しています。
浅子 あれはいい作品の一つですね。
七北 「花妖」でいうと、後半に出てくる闇屋みたいな人物の動きで、物語が変わってくる。実際、雪子の行動も変わりました。
一方で、登場人物がたくさんいて、それぞれの心理を全部、均等に書くなんていうことができる作家は少ないです。例えば太宰にそれは書けない。でも、安吾はそれをうまく配分できるし、すごく上手ですよね。「信長」にいたっては、心理だけじゃなくて、視点さえも自由自在です。信長の内面を書いているかと思ったら、こんどは柴田権六の視点になったりします。人称や視点は、安吾が初期の頃からずっと実験・実践していたこと。野放図に書いているように見せて、実はすごく計算されている作品です。
浅子 そうですね。全然、意識してないというか、考えてないで書いているんじゃないかと思ってしまいますが、そうではなくて、計算しているところもちゃんとあります。それもまた、安吾の魅力なんじゃないかな。

(2020年12月16日、春陽堂書店にて)