2019年7月15日の海の日、『茂山逸平 風姿和伝』発売記念、狂言師・茂山逸平さんトーク&サイン会が逸平さんのお膝元、京都の大垣書店イオンモールKYOTO店で行われました。
祇園祭で華やかに盛り上がる京都四条から少し離れた場所でのイベントは、逸平さんのお人柄そのままに、大変和やかなひとときとなりました。
       <聞き手/中村 純(『茂山逸平 風姿和伝』著者・京都造形芸術大学文芸表現学科専任講師)>



『茂山逸平 風姿和伝』発売記念トーク&サイン会

『茂山逸平 風姿和伝』誕生裏話
── 最初、「子育てをしながら狂言をしているという狂言師・茂山逸平さんに子育ての話を聞いて本にする」という企画で逸平さんを訪ねたところ、返ってきた答えは……
茂山逸平(以下、逸平):「子育てはしていないんです」。
── そうでした(笑)。
逸平:家内に「(子どもを)育てろ」と言われたくらい、子育てはしてなかったんですよ。狂言は教えるけれども、一般生活における子育てというものをほぼしていないので、本の企画として無理じゃないですかと答えました。
── それで、(茂山)慶和くんと同い年くらいの子どもたち、その親御さんといった、今まで狂言を見たことのない人に狂言を知ってもらうための入門書にしようということになりました。
そうして本が出来上がって、どんな感想をお持ちでしょうか。

逸平:子どもが初舞台の頃から今までずっと撮ってくださっている方(上杉遥カメラマン)の写真を使わせていただいて、「昔はかわいかったんだなあ」と思いました。本当にかわいかったんですよ。
写真は(慶和が)舞台に出る前の頃からあるので、子どものいい記念にもなるなあと思いながら見ていました。

狂言師・茂山逸平家の子育て
── 慶和くんのインタビューでは「お父ちゃん、めっちゃ怖い」と話していました。
逸平:そうですね。基本的に稽古の時は怖いはずです。ぼくも父親に手を上げられながらお稽古を受けていましたし、怖いのは怖いと思います。
ぼくの教育方針として「1度目は怒らない」というのがあるので、普段はそんなに叱りません。1度目は注意をするだけにしておいて、2度目はものすごく怒るんです。「同じことを2回言わすな」と。

── 昔の子どもの方が厳しくしつけられていますので、逆に言えば、厳しく怒られる機会を得ているだけでもほかの子とは(慶和くんは)違うのかもしれませんね。
逸平:そうですね。特に、ぼくたちの世界では「いろいろな知らないおっさんに怒られる」という特異な経験をしてきたんですけど、最近は楽屋でも知らないおっさんは怒ってくれないので、子どもにはすごく甘くなってきています。
なるべくなら叱ってほしいなあと思うものですから、ぼくはわりと他所よその子を叱ります。口うるさいおっさんだな、と思われてるんじゃないでしょうか。
大人になってから知らないおっさんに怒られて心が折れるんだったら、怒られることに慣れていく方が多分ぼくはいいと思うので、慶和には狂言だけでなくいろいろな稽古に行かせたりとか、狂言以外の舞台も経験させています。「いろんな人に怒られてください」と彼にも言ってますし、なるべく怒られてほしいですね。
── 「子育てしてない」と逸平さんはおっしゃいますが、この本の中には随所に狂言師の家庭での子育て、教育方針、“人育て”というのが実は非常に盛り込まれていますので、読んでいただければと思います。

── この本には、茂山千五郎家の皆様の日常が写真とともにふんだんに紹介されていますが、狂言の各演目の裏話なども結構出てくるんですね。
逸平:そうですね。狂言の曲をいくつかピックアップした、今までにない、ぼくの独断と偏見の解釈での狂言のあらすじみたいなものも載っていますし、写真も、現代に生きてる人がちゃんと撮ってる最近のいい写真なので、楽しんでいただけるんじゃないかなあと思います。
そして、兄貴とか従兄弟(茂山茂)とか、いわゆる「花形(狂言少年隊)」世代5人の対談と、「逸青会」の日本舞踊家・尾上菊之丞さんとの対談が(本の中に)有るんですけど、2人でがっぷり作ってる「逸青会」の対談がより読み応えのあるものになってます。ぼくもこの本が出来て読み直して、この対談が一番いいなあと、自分ながらいいこと言ってるなと、あいつ(菊之丞)もいいこと言ってるなと思えましたので、ぜひ読んでください。

狂言とは何か。狂言師とは何か。
── 「伝統芸能」とよく言われる狂言ですが、そもそもどんなものだったのでしょうか。
逸平:「古典芸能」とか「伝統芸能」とか難しい言葉で表現されますが、ただ≪昔からあるお芝居≫というだけです。今の日本社会ではわかりにくい「昔からあるルール」で作られていることを忘れてもらえたら、残るのは「お笑い劇」ということですかね。
ある学者さんが、「狂言は室町時代の吉本新喜劇だ」といったことをおっしゃったことがあるんですが、
狂言をしている「能楽師狂言方」は、能楽世界のお笑い担当ですということですね。
── 京都では、狂言師さんたちが寺社仏閣でいつも奉納狂言されていて、室町時代から脈々と息づいている感じですね。今はどこで(奉納公演を)されていますか?
逸平:伏見稲荷(大社)とか八坂神社とか有名なところもあるんですけど、例えば金閣寺の近くに「わら天神(宮)」さん(敷地神社)という神社があったり、木野きの村、幡枝はたえだ村と呼ばれる地域が京都の北の方にまだ残ってるんですけど、そこの神社(木野愛宕神社・幡枝八幡宮)とか、街中だと菅大臣かんだいじんさん(菅大臣神社)っていう菅原道真公ゆかりの小さなお宮さんでやったりとか、後は北野天満宮とか節分の時にお世話になる神社もたくさんあるので、わりとやってますね。
本の読者へ伝えたかったこと
── 最後に、逸平さんがこの本を通じて一番伝えたかったことは何ですか?

逸平:今まで、茂山千五郎家や、兄貴(茂山宗彦)と一緒に本を出したときは「これは書いちゃいけないかな」「言っちゃいけないかな」と当たり障りのないものになりがちだったのですが、今回はぼくの名前で(出したので)、怒られてもいいやってことが書いてあります。
能楽の先輩たちがこの本を読むと、「これは違うんじゃないか」と思われることが恐らくあると思うんですけど、ぼくたちが、平成から令和にかわった今の時代で650年も前の芝居をどうやって現代の皆様に楽しんでいただくか、このお芝居が次の時代にどうやったら続くのかという個人的な想いなどが書いてありますので。…ひょっとしたら読んだら怒る人もいるかもしれないんですけども。
割と気づかないかと思うんですが、能楽の世界はまだ非常に閉鎖的で、昔のしきたりの方が大事であってお客さんのことは二の次みたいな、「芸術を見せてやってる」みたいな感覚を持ってる人たちが非常に多く、それと真っ向から反発したことが書いてあるので、能楽堂に(本が)置いてあるとドキドキします。偉い先生が手に取ったらどうしようかなと。
── そこは編集構成作家のせいにして大丈夫なので(笑)。今日はありがとうございました。
逸平:ありがとうございました。



この日、会場には、友人と連れ立って、あるいはおひとりで、年齢も10代から年配の方まで様々な方々が集まりましたが、いずれも逸平さんの大ファンという方ばかりでした。トークの後にはサインをもらい一緒に写真を撮り、嬉しそうにその場を後にされました。
逸平さんのお話はよどみなく、ブラックも少々交えつつお客様を惹き込んでいきました。
地元・京都でこのように愛されながら、歴史と伝統を繋ぐために出来ることを常に模索し実行に移す。そんな姿にも観客は心惹かれるのかもしれません。
そんな茂山逸平さんと、ときに“ずるく”(逸平さん談)も真摯についていく慶和くんの楽しくも挑戦の日々が綴られた『茂山逸平 風姿和伝』は、大好評発売中です。
この日、体調を崩して会場には来られなかった慶和くんが、今は元気いっぱいで過ごしていることを祈念しております。(取材・構成/春陽堂書店編集部)

●茂山 逸平(しげやま・いっぺい) 大蔵流狂言師(クラブsoja 狂言茂山千五郎家)。
1979年、京都府生まれ。曾祖父故三世茂山千作、祖父四世茂山千作、父二世茂山七五三に師事。甥と姪が生まれたときに、パパ、ママのほか、逸平さんをペペと呼ばせたので、茂山家では以降ぺぺと呼ばれるようになった。
●茂山 慶和(しげやま・よしかず) 逸平の息子。2009年生まれ。4歳のときに「以呂波」で初舞台。小学校1年生から謡曲を習い、義経の生まれ変わりだというほどに、義経好き。稽古のあとの楽しみは、大黒ラーメン。
狂言公演スケジュール
http://kyotokyogen.com/schedule/
『茂山逸平 風姿和伝-ぺぺの狂言はじめの一歩 』(春陽堂書店)中村 純・著
狂言こそ、同時代のエンターティメント!
大蔵流<茂山千五郎家>に生を受け、京都の魑魅魍魎を笑いで調伏する狂言師・茂山逸平が、「日本で一番古い、笑いのお芝居」を現代で楽しむための、ルールを解説。
当代狂言師たちが語る「狂言のこれから」と、逸平・慶和親子の関係性から伝統芸能の継承に触れる。