五月の獣 風の種類を数えてる

ふっと、どうしてレイモンド・カーヴァーはなんどもなんども愛について書いたんだろうと考えた。

カーヴァーの小説のにんげんたちは、全然それまでなんの知り合いでもなかったのに、とつぜん通じ合う。酔っ払いながらなんとなく愛の話をしているうちに、明け方のパン屋でこれまでのじんせいを振り返りながら甘いパンを食べているうちに、障害のあるなしを超えてふといっしょに絵を描いているうちに。

恋愛感情ではなく、友情でもなく、同情とか依存でもない。ただなんとなく、あいてと通じ合ってしまう。わかりあえてしまう。いっしょにいまいることのきもちを感じてしまう。それをわたしはなんとなく愛と呼びたいきもちがある。損得でもなく、ことばやからだでもなく、いっしょにいていっしょのなにかを感じたこと。

ふとみちをあるいていたときに、ここには560種類くらいの草花が春になると咲くんです、といわれたことがあった。きっとそのひとにとってはなんでもないことばだったんだろうとおもう。風のよわさ、つよさ、温度、向き、濃度、そのときどきの感情、そのときたまたまいっしょにいたひとの香り、音。風にも560種類くらいはあるんじゃないかなとなんとなく口にださないけれどかんがえる。五月にむかう。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター