せきしろ

#6
想像から物語を展開する「妄想文学の鬼才」として、たとえる技術や発想力に定評のあるせきしろさん。この連載ではせきしろさんが、尾崎放哉の自由律俳句を毎回ピックアップし、その俳句から着想を得たエッセイを書き綴っていく(隔週更新)。第6回目は次の2本。

故郷の冬空にもどつて来た
  大正一五年 『層雲』五月号 虚空実相(三一句)
寒さころがる落葉が水ぎわでとまつた
  大正一三年 『層雲』一二月号 眼耳鼻舌(三七句)
放哉の句から生まれる新たな物語。あなたなら何を想像しますか? 

 故郷の冬空にもどつて来た
私は空に対して興味がなかった。たとえば空を飛びたいなんてことを願ったことはなく、飛んだとしても落ちることばかり想像した。夜空の星や月にも興味はなかったし、うかつに宇宙のことを考えてしまったら怖くなって眠れなくなったものだ。だからと言って困ることはなく、友達と野球をするとか駄菓子屋に行くとか虫を捕るとか、別に空を見なくても楽しいことはたくさんあった。
そんな私が空を見るようになったのは高校二年生の秋である。秋晴れの中、町外れを流れる川沿いの土手をスクーターで走っているとハンドル操作を誤ってしまい、スクーターごと滑り落ちた。土手の下で止まり、過剰なほどの草の匂いの中、仰向けになった私はすぐに立ち上がらなかった。なぜなら目の前に空が広がっていたからだ。
その時私は思いっきり空を見た。真っ青な空とか、雲ひとつない空とか、秋の空は高いというような幾度となく聞かされてはその都度聞き流してきた言葉たちを初めて素直に受け入れた。私はそのまま空を見続けた。どれくらい見ていたかは覚えていない。ちなみにケガは一切なかった。
上京して、故郷を離れてからの年数が増えるとともに空を見る回数が増えた。雲の種類を見ては季節を感じ、記憶の中の空と重ねるようになっていった。秋の空はいつもあの日の土手を思い出させた。
私がもっとも見上げた空は曇天だ。いつ雪が降ってきてもおかしくない故郷の空を思い出させてくれるからだ。このまま見続けていれば視界のどこからか雪が現れ、私の顔の上にゆっくりと舞い降り、すぐに体温で消えていくだろう。あるいはまつ毛の上に降り立ち、そこでとけて視界を滲ませてくれる時もある。
私は曇天の空を見続ける。いつまでも飽きずに見続けて、理由を知らない人々に怪しい人だと思われるのだ。


 寒さころがる落葉が水ぎわでとまつた
私は天気を調べずに外出することが多い。なんとなく天候や気温を予想して、それに合った服装で家を出る。予想が当たる時もあれば外れる時もある。なぜそこにギャンブル性を持たせているのか自分でもわからないのだが、いつもそうしている。
雨ではないと思っていたのに降っていると虚をつかれることになるも、傘も持たずにそのまま歩き出すことが多い。故郷(北海道)ではあまり傘をささないので、その習慣が抜けていないのだと思われる。さすがに土砂降りの時は傘を使うが、慣れていないのでうまくさせずに濡れまくる。
先日も懲りずに諸々予想して何の疑いも持たずに半袖で出かけることにした。家を出た途端、ひんやりとした空気に包まれた。それでも歩き出して5分くらいは「これくらいの肌寒さがちょうど良いんだ」と思っていた。
しかしだんだんと寒くなり、駅に着いた頃には半袖で来たことを後悔していた。周りを見渡すと、半袖姿なのは私と欧米人の旅行者くらいしかいないことに気づいた。
夕方、さらに寒くなってきた頃、10人ほどの小学生の集団とすれ違った。その中の1人が半袖短パンという私を越えるコーディネートだった。しかも私のように何も考えていないわけではなく、一年中そのスタイルで過ごすタイプの子であると思われる。彼には主義主張があるのだ。
そういえば私が通っていた小学校にもずっと半袖短パンの子がいたことを思い出した。あの子は今でも元気なのだろうか?
私は風邪をひいた。

プロフィール
せきしろ
1970年、北海道生まれ。A型。北海道北見北斗高校卒。作家、俳人。主な著書に『去年ルノアールで』『海辺の週刊大衆』『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』『たとえる技術』『その落とし物は誰かの形見かもしれない』など。また又吉直樹との共著に『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』『蕎麦湯が来ない』などがある。
公式サイト:https://www.sekishiro.net/
Twitter:https://twitter.com/sekishiro
<尾崎放哉 関連書籍>

『句集(放哉文庫)』

『随筆・書簡(放哉文庫)』

『放哉評伝(放哉文庫)』