せきしろ

#24
想像から物語を展開する「妄想文学の鬼才」として、たとえる技術や発想力に定評のあるせきしろさん。この連載ではせきしろさんが、尾崎放哉の自由律俳句を毎回ピックアップし、その俳句から着想を得たエッセイを書き綴っていく(隔週更新)。24回目は次の2本をお届け。

足袋ぬいで石ころを捨てる
  大正一四年 『層雲』新年号 以無所得故(一九句)
月夜のかるい荷物だ
  大正一五年 書簡 一月二十日 飯尾星城子あて(葉書)
放哉の句から生まれる新たな物語。あなたなら何を想像しますか? 

 足袋ぬいで石ころを捨てる
立ち上がった時などに不注意でどこかに頭をぶつけてしまうことがある。その時かなり痛いとしても、私は全然痛くないフリをしてしまう。なぜなら頭をぶつけたことが恥ずかしく思ってしまうからだ。
ぶつけるところを目撃していた人に「大丈夫ですか?」と声をかけられても「何がですか?」と答え(あるいはそんな表情や態度をして)平然と移動し、周りに誰もいないことを確認してから初めて痛がる。ぶつけた箇所を触り、何度もさすり、出血の有無を確かめ、頭をぶつけたことによって起こり得る悪いことをあれこれ考え、時には調べて怖くなる。しかし周りはそんなこと知る由もないから、頭をぶつけたという事実は消滅するというわけで、恥ずかしさはなくなる。
頭のみならず、ちょっとした段差を踏み外してよろけてしまったとしても何もなかったかのように素早く体勢を立て直して歩き続けるし、その拍子に足を捻ってしまったとしても平気なふりをする。
この一連の行為になにか意味があるのかと問われたならば、ただのカッコつけたいがための強がりであるとしか言えない。そのため一切お勧めはしない。そもそも誰も真似しようとは思わないだろうが。
もちろん靴の中でショート丈の靴下が脱げてしまっていても、口にしなければ誰も気づくわけがなく、平気な顔をして歩き続ける。靴の中に石が入っていても同様であり、誰もいないところで靴を脱いで逆さまにし、石を出せば良い。また、ドレッシングのびんを振ることを忘れ、サラダに上澄みしかかかっていない状態になってしまってもそのまま何ごともなかったかのように美味しい顔をして食べるのである。


 月夜のかるい荷物だ
終電が近づいてくると決断しなければいけないことがある。それは帰るか、それとも飲み続けるか、だ。
店と自宅の距離を考え、「歩いて帰れる」「歩いて帰れなくもない」と判断したなら、飲み続けることが決定となる。さらに次の日の予定などが考慮される場合もあるが、たいていは帰らない。
真夜中、店を出て解散し青梅街道沿いを歩き始める。荷物はペットボトルの水と財布だけだ。
人通りはほとんどなく、私を追い越していくのは都心から離れていくタクシーばかりで、逆側のタクシーは空車が続いている。
道路工事現場で自分とは対照的に働いている人を見る。歩行者用通路へと案内してくれる警備員の人は自分の父親くらいの年齢に見えた。
当たり前だが昼間やっている店はたいてい閉まっている。逆にこの時間だからこそ開いているバーもある。こうやって終電に乗らずに歩くたびに「いつかこの店に入る時が来るのだろうか」と考える。
酔い具合によっては途中で休むこともあるし、寝ることを選択することもある。特に阿佐ヶ谷駅の前で寝てしまうことが多かった。その頃にはもうペットボトルの水はなく、唯一の荷物と言える財布をポケットから取り出し、ズボンの中に押し込み、防犯対策をして寝る。酔っていてもそこの意識は健在であるのは救いである。
始発が動き出す頃、駅のシャッターが開く音で目覚め、自分がどこにいるかわからなくなり、数秒後に現状を理解して立ち上がる。ポケットに財布がないことに気づき焦るが、ズボンに押し込んだ財布が裾から出てきて安心するのだ。

『放哉の本を読まずに孤独』(春陽堂書店)せきしろ・著
あるひとつの俳句から生まれる新しい物語──。
妄想文学の鬼才が孤高の俳人・尾崎放哉の自由律俳句から着想を得た散文と俳句。
絶妙のゆるさ、あるようなないような緊張感。そのふたつを繋ぎ止めるリアリティ。これは、エッセイ、写真、俳句による三位一体の新ジャンルだ。
──金原瑞人(翻訳家)

プロフィール
せきしろ
1970年、北海道生まれ。A型。北海道北見北斗高校卒。作家、俳人。主な著書に『去年ルノアールで』『海辺の週刊大衆』『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』『たとえる技術』『その落とし物は誰かの形見かもしれない』など。また又吉直樹との共著に『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』『蕎麦湯が来ない』などがある。
公式サイト:https://www.sekishiro.net/
Twitter:https://twitter.com/sekishiro
<尾崎放哉 関連書籍>

『句集(放哉文庫)』

『随筆・書簡(放哉文庫)』

『放哉評伝(放哉文庫)』