せきしろ

#27
想像から物語を展開する「妄想文学の鬼才」として、たとえる技術や発想力に定評のあるせきしろさん。この連載ではせきしろさんが、尾崎放哉の自由律俳句を毎回ピックアップし、その俳句から着想を得たエッセイを書き綴っていく(隔週更新)。27回目は次の2本をお届け。

乞食の児が銀杏の実を袋からなんぼでも出す
  大正一三年 『層雲』一一月号 何もない部屋(二八句)
かたい梨子なしをかぢつて議論してゐる
  大正一四年 『層雲』三月号 独座三昧(三七句)
放哉の句から生まれる新たな物語。あなたなら何を想像しますか? 

 乞食の児が銀杏の実を袋からなんぼでも出す
待ち合わせ時間よりも早く目的地に着いてしまうと、どこかに身を隠すしかない。本来はそんなことする必要はないだろうが、早く着いてしまうと張り切っていると思われてしまう可能性があるから、私はそうするのだ。
たとえば海水浴を考えてもらいたい。待ち合わせ場所に早く来ている人がいたらどうだろう? 「あいつ、張り切っているなあ」と思うはずだ。それと同じで仕事の打ち合わせ場所に早く着いてしまうと、「良いアイディアを用意して、それを早く伝えたくて待ちきれなかったんだな」などと思われてしまう。
そんな状況は避けたいから、時間通りに到着するか、もしくは敢えて少し遅れて余裕をみせたいところである。なんてことを言ってはいるが、私は遅れるのが怖いので早めに着いてしまうことが多い。そこで身を隠し、時間調整をするというわけだ。
ただ、隠れている姿を待ち合わせ相手に見つかってしまったら恥ずかしいことこの上ないから、待ち合わせ場所からそこそこ離れたところへと移動する。喫茶店に入ってしまうのが手っ取り早いが、待ち合わせまで25分などの中途半端な場合は公園を選択しがちだ。
平日の昼間から公園にいると怪しい人と思われても仕方ない。そのため子どもが遊んでいたならばできるだけ怪しい人ではない空気を出す必要があり、見るからに真っ当な社会人ではないとしても自由業のはしくれとして文章を書くという仕事をしていて、今も原稿の直しをスマホで必死にやっているんですよ、みたいな姿を前面に押し出さなければならない。
そんな私のところに、子どもが得意げに吹いているしゃぼん玉のほとんどが飛んできて、次から次へと私に当たって割れていたとしても、そんなことにはまったく気づいてませんよと、仕事をしているふりをし続けるのである。


 かたい梨子をかぢつて議論してゐる
先輩に「なにも考えずに生きている」と言われて、「いやいや色々考えていますよ」と言い返しそうになったが、たしかになにも考えていないかもしれないなと思い反論するのをやめた。
いやそんなことはない。考えている。今日はなにを食べようかとか、松屋にばかり行っているからたまにはすき家に行ってみようとか、明日は早いからもう寝たほうが良いなとか、今から寝ることを選択して起きられなかったら困るからもう寝ないで行こうとか、ポン酢を買う時にどれを買えば良いかわからず、できるなら良さそうなものと思いながらも一番高いものを買うのは気が引けて二番目に高いものを買うとか、結局よく目にするパッケージのものにするとか、やはり考えている。でもきっと先輩が言っているのはそういうことではないのだろう。
他にも、フードコートに行って、そこそこ混雑している中から席を探し、なんとか空いている席を見つけるもテーブルの上に紙ナプキンが一枚置いてあったら、「もしかするとこの紙ナプキンは誰かが席を確保している目印なのではないか」と考えるし、いくらなんでも紙ナプキンで席を確保する人などいないかと思い、これは前に座っていた人が捨て忘れたものだろうから座っても大丈夫だと結論付けるが、万が一ということもあるのでやはり座らないことにしようなどと、色々と考えている。
とはいえ、先輩が言っているのはこういうことでもなくて、もっと将来のこととか人生設計なんかを考えろということなんだろうなと理解しはしていて、でも実際は何も考えていないわけではないんだよなあと思いながら、私はハツとカシラと軟骨を塩で食べたのである。

本連載「放哉の本を読まずに孤独」が書籍化決定!!
『放哉の本を読まずに孤独』(春陽堂書店)せきしろ・著
あるひとつの俳句から生まれる新しい物語──。
妄想文学の鬼才が
孤高の俳人・尾崎放哉の
自由律俳句から
着想を得た散文と俳句。
8月31日発売予定
帯文コメントは、金原瑞人(翻訳家)さん
絶妙のゆるさ、あるようなないような緊張感。そのふたつを繋ぎ止めるリアリティ。これは、エッセイ、写真、俳句による三位一体の新ジャンルだ。
プロフィール
せきしろ
1970年、北海道生まれ。A型。北海道北見北斗高校卒。作家、俳人。主な著書に『去年ルノアールで』『海辺の週刊大衆』『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』『たとえる技術』『その落とし物は誰かの形見かもしれない』など。また又吉直樹との共著に『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』『蕎麦湯が来ない』などがある。
公式サイト:https://www.sekishiro.net/
Twitter:https://twitter.com/sekishiro
<尾崎放哉 関連書籍>

『句集(放哉文庫)』

『随筆・書簡(放哉文庫)』

『放哉評伝(放哉文庫)』