あなたは引力 オナモミだらけの予感

緒方明監督の映画『いつか読書する日』は、女の子の作文から始まる。わたしはこの町でずっと暮らす。そう決めたから。わたしはどこにもゆかない。ここにいる。女の子はその町で成長し、恋をし、恋を秘め、本を読み続ける。

   分け入つても分け入つても青い山  山頭火

という句を、わけいってもわけいってもまだたどりつかなくて青い山でうれしかったんじゃないのかな、と言っていた友だちがいた。たどりつけないさみしさじゃなくて、まだこれからなにかあるうれしさ。これからあなたに会うかも知れない予感がずっと続く。やあまた会えてうれしいよ、に備えて青い場所にわけいっていく。友だちがそうはなすのをきいていたら、『いつか読書する日』という映画のことを思い出した。

主人公の田中裕子は、ドストエフスキーを読みながら、じぶんでかってに壁をつくっていることに気がついて、泣き出してしまう。わけいってもわけいっても壁がある。でもそのちょくごのことだ。あなたにまた会えてうれしいよ、が映画の中でやってくるのは。

山頭火を読んでいると、やあまた会えてうれしいよ、はわたしたちがふだん住んでるこの宇宙のことなんじゃないかって、そんなきがする。わたしはこころを決めてこの宇宙で暮らす。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター