その差はよくわからない森みたいなもの
大学のころに梨木香歩さんの『家守綺譚』をともだちと貸し借りしあった。大学院の院試のべんきょうをしていたころだった。
『家守綺譚』は死んだともだちとの交歓の話だ。死んだともだちがこちらの世界になんども帰ってくる。物書きのわたしと死んだともだちの違いはなにか。
死んだともだちはなにかをあきらめて向こう側にいってしまったひとだ。わたしはまだあきらめていない。そういう差があるんじゃないかとおもう。
あきらめないというのは見苦しい行為かもしれない。『家守綺譚』の主人公もきっとそれはわかっていたとおもう。
でも、どろどろした混沌の世界にあきらめずいきるのもひとつのありかたなんじゃないか。それがわたしが『家守綺譚』からその当時まなんだことだったんじゃないか。
そのともだちは院試に落ちて、わたしは大学院にいった。そのともだちは次の年、大学院にいって、わたしはもうそのとき大学院にいなかった。
家、ってどこにあるんだろう。