四月廿二日 雨 ── 曇。
八時の電車で豊川へ、そして鳳来寺へ。
水筒には護摩水がいつぱい、弁当行李には御飯がいつぱい、ありがたうありがたう。
豊川稲荷は名高いだけあつて、その堂塔は堂々たるものである、豊川閣へは朝から自動車が横付けになつてゐる、金持がもつと金持になりたくて祈願するのだろう、私などにはおよそ縁のないところだ。
街筋は飲食店と土産物店との連続である。
お寺では小僧さんが流行唄をうたひながら、何だかなまめかしく掃除してゐた。
狐の像が多い、読経の調子も煽動的である。
さらに電車で鳳来山へ。 ──
駅からお山まで一キロ、そこからお寺(本堂)まで一キロ。
石段 ── その古風なのがよろしい ── 何千段、老杉しんしんと並び立つてゐる、水音が絶えない、霧、折からの鐘声もありがたかつた。
本堂前の広場でおべんたうをひらいて一杯いただいた。
ゆつくりして、二時半の電車で、四時すぎ帰来、よい湯に入れて貰い、おいしい御飯を戴いた。
夜は句会、主人、私、僊君、K君。
いつしよに出かけて一献酌んで別れた。
とかく飲みすぎ食べすぎ、そしてしやべりすぎる自分をあはれむ、あはれまないではゐられない!
・しみじみ濡れて若葉も麦も旅人わたしも
・雨ふりそゝぐ窓がらすのおぼろおぼろに
豊川稲荷
・春雨しとゞ私もまゐります
・どしゃぶりの電車満員まつしぐら
鳳来寺
・トンネルいくつおりたところが木の芽の雨
・ここからお山のさくらまんかい
・たたずめは山気しんしんせまる
・春雨の石仏みんな濡れたまふ
・石段のぼりつくしてほつと水をいたゞく
・人声もなく散りしいて白椿(薬師院)
・霧雨のお山は濡れてのぼる
・お山しづくする真実不虚
・山の青さ大いなる御仏おはす
・水があふれて水が音たてゝ、しづか>
・山霧のふかくも苔の花
・ずんぶりぬれてならんで石仏たちは
・水が竜となる頂ちかくも
・水音の千年万年ながるる
・石だん一だん一だんの水音
・霽れるよりお山のてふてふ
(出典:山頭火文庫 3巻 山頭火其中日記-昭和14年4月22日より-)
《書籍紹介》
山頭火文庫 3巻『山頭火 其中日記』(春陽堂書店)村上護・編
種田山頭火が50歳のときに、山口県小郡(現・山口市)に結庵した「其中庵(ごちゅうあん)」での記録「其中日記」を収録しています。地名索引と人名索引付きです。
種田山頭火が50歳のときに、山口県小郡(現・山口市)に結庵した「其中庵(ごちゅうあん)」での記録「其中日記」を収録しています。地名索引と人名索引付きです。
植田 莫(うえだ・ばく)
1946年生まれ。画家。札幌在住、莫工房主宰。東京・大阪でグラフィックデザイナーとしてすごすが、良寛の心と山頭火の感性に憧れて画家に転身する。油絵で画家の道を歩むが染料との出会いで、その発色の面白さ、透明感の美しさに魅せられて以後天竺木綿の生地や和紙に、染料を刷毛染め、筆書きし、顔彩で細部を描き加える独自の絵画で個展活動をしている。
植田 莫HP:http://www.baku.cc/