ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載8】
本には「読む」楽しさだけではなく、「見る」楽しさがある
books moblo(神奈川・鎌倉)荘田賢介さん


東京の編集プロダクションをやめて、鎌倉の古本屋に
JR鎌倉駅東口を出て若宮大路を渡り、JR横須賀線の線路沿いの道を進んでいくと、パン屋さんやイタリアンレストランなどが軒を連ねる一画があります。そこで立ち止まって見上げてみてください。2階にあるのが古本屋「books moblo(ブックス モブロ)」です。小さなお店のなかを、わくわくしながらさまよってほしいとの願いから、「森」と「リブロ(本)」を合わせて名づけられた店名「moblo」。店主の荘田賢介さんは、どんな本の森をつくっているのでしょう。

── 編集プロダクションから古本屋さんへ転身しようと思ったきっかけをお聞かせください。

編集ではなくデザインを担当していたのですが、編集プロダクションの仕事はどうしても夜遅くなってしまうし時間も不規則。仕方がない部分はあるものの、あまりにも激務だったので、いろいろ改善しようと模索していました。あるとき妻に相談したら、「やめちゃいなよ」って。その一言に背中を押され、会社をやめて新しい道を進むことを決めました。妻は図書館司書で、ふたりとも本が好き。休みの日には、よく本屋や本のイベントに出かけていましたし、一緒にやるなら本屋しかないなと思いました。
── なぜ、鎌倉で店を開こうと思ったのですか?
はじめから場所を鎌倉と決めていたわけではなくて、中央線沿線や京都や大阪、神戸など関西も候補に入れていました。でも、最終的には、そのころ住んでいた横浜から東京へ向かうのではなく、180度方向を変えて鎌倉で店をオープンすることにしました。鎌倉は、以前からちょくちょく遊びに来ていた好きな街で、大佛次郎(おさらぎ・じろう)や川端康成など、文士ゆかりの地でもある。本好きな人がたくさんいそうなことも決め手となりました。ここでは古本をメインとして、リトルプレス(少部数で発行する自主制作の出版物)などの新刊や雑貨なども置いています。
本の街・鎌倉で開く「ブックカーニバル in カマクラ」
── 2012年から開催されている「ブックカーニバルinカマクラ」は、どのようなイベントなのでしょう。
鎌倉にはユニークな書店や古書店がたくさんあるので、新しいブックイベントをやろうと思い立ち、私が発起人となってはじめました。毎年5月か6月に、年に1回実施している1日だけのイベントです。6回目となる今年は古本市のほかに、鎌倉文学館館長に特別講演をお願いしたり、製本ワークショップや絵本の読み聞かせの会を開いたりしました。来場者は1000人くらいだったでしょうか。地元の人だけではなく、たまたま観光で来た人がふらりと立ち寄ってくれることもあります。
── イベント名は、昔行われていた「鎌倉カーニバル」からとのことですが、その存在を知ったのは鎌倉に来てからですか?
ええ、そうです。鎌倉文学館や中央図書館に資料を探しに行ったとき、戦前から戦後しばらくまで開催されていた「鎌倉カーニバル」というイベントの存在を知りました。若宮大路で仮装パレードやダンス、そして野球大会まで行われていて、多いときには22万人も集めたという街をあげたお祭りだったようです。このカーニバルの発起人は久米正雄や大佛次郎など鎌倉の文士たちです。規模は違いますが、本と街をつなげるイベントをしようと思ったときに、鎌倉カーニバルのことが真っ先に頭に浮かびました。
函入りや天金など、古本ならではの装丁も楽しみのひとつ
── 「鳥肌本」「女子って大変!」など、ジャンルの分け方が独特ですが、たとえば「男の背中、男の哀しみ。」と「男子だって大変‼」は、どのような違いがあるのでしょう。
はっきりとした定義はなくて、ファーストインプレッションで棚に並べています。お客さんが「男の背中、男の哀しみ。」の本を手にとったあとで、「男子だって大変‼」の棚に置いたとしても、そういう解釈もあるのかと、あえてそのままにしています。山の文芸誌『アルプ』を創刊した詩人で哲学者、随筆家でもある串田孫一(くしだ・まごいち)の本を見たお客さんから、山に関係する本や作家を教えてもらって「串田孫一と山岳書籍」という棚が生まれるなど、人が来てくれることで店は変わっていくものだと感じています。


──荘田さんは、どのような本に惹かれるのでしょうか
もともとデザインをしていたこともあり、装丁や表紙のデザインなどが気になって、目次を見る前に奥付を見てしまうほど(笑)。古書ならではの楽しみは、函入りや本の上部に金箔を貼った天金(てんきん)、カバーをめくった表紙に施された洒落たデザインなど、新刊では珍しくなった本の装丁に出合うことです。実業之日本社の串田孫一三部作『若き日の山』『山のパンセ』『心の歌う山』は、外箱を開けるときにちらりと見える折り返し部分に書かれた一文が秀逸です。「大切に登った山には、歌があったでしょう。」だなんて、本を開く前にグッと心をつかまれます。
── これから挑戦したいことはありますか?
続けていくことが何よりも大事だと考えています。店で販売するほかに、鎌倉にあるカフェの「THE GOOD GOODIES」と「FOOD STAND magali」には、うちの本を置いてもらって委託販売という形もはじめています。どちらも本好きな店主で、選書をしてほしいと声をかけてもらったのですが、これが結構売れるのです。どんな人が買ってくれたのか顔は見えませんが、うちで選んだ本がお客さんの琴線に触れて持ち帰りたいと思ってもらえるのはうれしいことですし、これからも続けていきたいです。
レジ近くの木箱のなかには、ドイツの古本「インゼル文庫」がぎっしり。哲学や詩集、なかには図鑑もありますが、アンティークの布地のような表紙がおしゃれで、ドイツ語が読めなくても思わず手にとってしまいます。ソ連時代のポスターデザインをまとめた大判の画集を見ながら、ロシア語のキリル文字は文字自体がデザインとして惹かれるという荘田さん。本には「読む」楽しさだけではなく、「見る」楽しさがあることを気づかせてくれる本屋さんです。

books moblo 荘田さんのおすすめ本

The Plant Kingdoms of Charles Jones(Thames & Hudson; Revised版)
20世紀初頭、イギリスで農業をしていたチャールズ・ジョーンズ。彼が撮影し、現像した野菜や果物の写真が時を経て、ある蚤の市に並んでいたところ、シーン・セクストンという写真コレクターに見出されて80年代に写真集となりました。100年以上も昔、素人が撮った写真とは思えないモダンな構図です。
『江戸川乱歩 幻想と猟奇の世界』銅版画・多賀新/解説・落合教幸(春陽堂書店)
「江戸川乱歩文庫」の装丁画を担当した銅版画家・多賀新の作品をまとめた画集。ドロドロと陰湿なイメージがあり、一見すると苦手な人もいるかもしれませんが、細かい部分まで見てみると、悲しく寂しい描写や人間の多面的な部分の怖さなども見てとれます。幻想という言葉以上の世界観が詰まった一冊です。

books moblo
※2019年6月30日に閉店されました。


プロフィール
荘田賢介(しょうだ・けんすけ)
1977年、東京都生まれ。東京で編集プロダクションなどの勤務を経て、2011年9月に古本屋books mobloを開業。2012年からはじめたブックカーニバルinカマクラ実行委員長。おとな大学主催ブックスカフェ講師、鎌倉市内での「一箱古本市」主催、劇団員による朗読会運営など、ワークショップやイベントにも積極的に取り組んでいる。


写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
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