ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載9】
「これから来る未来」を丁寧につくっていく
胡桃堂書店(東京・国分寺) 今田順さん


「コーヒーを飲みながら本を読む風景」に惹かれて
まるで何十年も昔から、そこに存在していたかのようなレトロでシックな佇まい──。2017年3月、国分寺にオープンした「胡桃堂書店」は、国分寺本町一丁目の交差点に面した「胡桃堂喫茶店」の中につくられた本屋さんです。店に入ってすぐ左の書店スペースや階段の壁面、2階席の本棚に並べられた本は、店内の雰囲気にしっくりと馴染んでいます。オープン以来、書店部門を担当してきた今田順さんに書店を手がけることになったいきさつや、カフェの中にある本屋ならではのこだわりについて伺いました。

── カフェに書店を併設することになったきっかけをお聞かせください。

まず、2008年、西国分寺の「クルミドコーヒー」がオープンしました。そのうち本好きのスタッフが本棚に絵本を置くようになり、「コーヒーを飲みながら本を読む風景っていいよね」という認識がスタッフの間に広がっていったのです。カフェというのは不思議な場所で、日々、営業していると、思いがけない出会いや発見が生まれます。流れに身をまかせているうちに、あるお客さんとの出会いから、2012年に「クルミド出版」がスタートしました。私はちょうどこの年に入社して、いまも出版スタッフの一員として活動しています。
── 「書店」よりも「出版」が先だったのですね。
ええ、そうです。その後、新店舗をつくることになり、どのような形にしようかと考え始めました。カフェと本の相性がよいことは「クルミドコーヒー」で実感していたので、数冊しかない自社の本だけではなく、この世にあるよい本を一緒に並べよう、書店にチャレンジしてみようということになりました。現在はオーナーと私を含めた3人が書店担当で、カフェの仕事もしながら選書や本棚の陳列、イベントの企画・進行などをしています。書店をつくったことでお客さんとのコミュニケーションがこれまで以上にとりやすくなったと感じています。
── 古本を「買い切り」ではなく「委託販売」にしているのは、なぜでしょう。
いま店には、「現代を生きるためのヒント」となるような人文書、詩集、小説、そして暮らしに関する本などを600冊ほど置いていますが、そのうち4割が古本です。「買い切り」だと、その場で関係性が完結してしまいますが、「委託販売」なら預けた後にもその本がどうなったのか気になります。半期に一度売れた本をご精算しているのですが、そのときに「こんな方が買われていきました」といった会話ができたりして、システムとしては面倒でも、お客さんとの関係は続いていきます。また、本に挟んである売上スリップの裏面には、出品者にメッセージを書いてもらっていて、次の読み手の人への手紙のような文章が書いてあります。

店で手間のかかる製本をするわけ
── 書店として、どのようなイベントを実施していますか?

カフェの開店前や閉店後の時間を利用して、「ミヒャエル・エンデ」「日本の美を読む」という2つのテーマで読書会を行いました。また、技術を広めたいという思いから製本教室も開催しました。ちなみに「クルミド出版」で出している『喫茶の文体』も製本にこだわったシリーズです。喫茶店やコーヒーにまつわる短編の作品は一話ずつバラでも購入できますが、80ページ分組み合わせれば好みの色の表紙を使って1冊の本にまとめることもできます(製本代は別途1,000円、税込)。製本スタッフがいるときであれば、お茶を飲んでいる間に世界にひとつだけの本が完成します。
──お店で製本……手間がかかるので、スタッフの方は大変ですね。
いま、活版印刷や手製本の技術がどんどん失われています。手間がかかって大変ですが、まずは自分たちから始めようという試みです。本を出すということは世の中に呼びかけるようなもの。その返答をカフェや書店で受けとめて、よりよく育てていくことはできないか。
クルミド出版の新レーベル「calls(コールズ)」は、「コール&レスポンス」の「コール(呼びかけ)」から名づけました。熱量のある粗削りなものを世に送り出し、レスポンスを受けて完成形にしていく。あえて未完成にこだわり、第一弾の『続・ゆっくり、いそげ』(影山知明著、11月26日発売)は表紙をつける作業をうちのスタッフが担当することにしたのです。

本にまつわる“複雑系”を生み出していきたい
──街の人たちにとって、どのような存在の書店でありたいと思いますか?

最近は目的を持たずに立ち寄れる場所が減ってきたように感じます。ちょっとした空き時間などに、ふらっと来てふらっと帰ることができる場所。時間があるときは、カフェでお茶を飲みながら本を読んで、ゆったりと過ごす。時間がなければ、おもしろそうな本がないか、さっと立ち読みして帰る。ふと立ち寄った本屋やカフェで出会いや気づきが生まれることは多いですし、そういう場所が増えると街は豊かになるのではないかと思います。予定がないときに「とりあえず胡桃堂に行こう」、そう思ってもらえるとうれしいです。
──これから先、挑戦したいことはありますか?
私たちはカフェという場を通して、出版・書店・製本所・印刷所、ライターやデザイナーなど、本づくりに関わる人たちとお会いしてきました。国分寺を拠点に本にまつわるあらゆること、本づくりの要素が集まってきてカオスのような“複雑系”をどんどん生み出し続けていければ、50年後か100年後に、なぜか国分寺には新進気鋭の作家が多いとか、本を自分で修理できる人が多いとか、そういうことになっているかもしれません。そんな青写真を描きながら、日々お店を営業しています。
毎年11月、スタッフが長野まで行って「新くるみ」を収穫するそうです。12月の「くるみ祭り」では、「新くるみ」づくしの定食や、くるみ餅、そして定番メニュー「信濃ぐるみのタルト」が登場します。毎日お店であんこを炊いたり、製本をしたり……。カフェも書店も、丁寧な手仕事がそこここに見られます。本は時間を超えて、未来に向かって発信できるもの。そして、くるみは「これから来る未来」。胡桃堂書店は、いま、この瞬間を丁寧に過ごすことが、未来につながっていくことを気づかせてくれます。

胡桃堂書店 今田さんのおすすめ本

『草枕』夏目漱石(新潮文庫)
「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ……」という冒頭が有名ですが、本の中身はあまり知られていないように思います。この本には「日本の美とは」「美の役割とは」といった漱石の逡巡(しゅんじゅん)が映し出されており、今を生きる私たちの足下をも照らしてくれます。ちなみに『草枕』は、明治39(1906)年に春陽堂から発行された文学雑誌『新小説』に掲載され、当時、とても人気だったそうです。
『放哉文庫 尾崎放哉 句集』尾崎放哉(春陽堂書店)
「咳をしても一人 障子しめきつて淋しさをみたす」――自由律俳句の代表的俳人・尾崎放哉。韻律や季語にとらわれず、見たもの感じたものを、ポツリポツリと言葉にしていく彼の俳句を読んでいると、次第に自意識は薄らぎ、周囲と一体化するような感覚になり、気づくとリラックスしている自分がそこにいます。

胡桃堂書店
住所:185-0012 東京都国分寺市本町2-17-3
TEL:042-401-0433
営業時間:日・月 11:00 – 18:00、火・水・金・土 11:00 – 21:00
定休日:毎週木曜
http://kurumido2017.jp/books


プロフィール
今田順(いまだ・じゅん)
1989年、東京都生まれ、広島県育ち。2012年からクルミドコーヒーのスタッフとなり、クルミド出版チームとしても活動。2017年3月からは胡桃堂書店で選書やイベントの運営に携わりつつ、読書会でのメインスピーカーや『喫茶の文体』(クルミド出版)の「喫茶考断片集Ⅰ」を執筆なども手がけている。


写真 / 千羽聡史
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。