ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載10】
本屋の仕事も「文化的雪かき」のひとつ
SNOW SHOVELING BOOKS & GALLERY(東京・駒沢) 中村秀一さん


柔軟な考え方ができる“素人力”を強みに

世田谷区・深沢不動の交差点付近は、閑静な住宅街にパン屋などの個人店が立ち並ぶ落ち着いたエリアです。「SNOW SHOVELING BOOKS & GALLERY」は、2012年9月にオープンして以来、古本を中心とした個性的な品ぞろえとともに、テレビドラマやCM、映画の撮影に使われるほどのこだわりを持った空間づくりも魅力的な本屋さんです。コンセプトは「ヒト・モノ・コト」との出合いを楽しめる場所。店主・中村秀一さんが、どのようにしてこの店をつくりあげたのかをお聞きしましょう。
── グラフィックデザイナーを辞めて、本屋をはじめることになったいきさつを教えてください。
前職は広告制作などが中心だったので、つねに受け身の仕事でした。辞めて新しいことをするなら、自分の好きなことを仕事にしたい。そう考えたとき、本屋のほかに現代美術が好きなのでアートギャラリーのギャラリスト、そしてサッカーのライターという3つの選択肢が出てきました。どれも経験はないので、あくまでも好きなものの中からやってみたいと思ったものです。その中で1番具体的にイメージしやすく、どんどんアイデアが浮かんで、考えること自体が楽しかったのが本屋でした。

── オープンする前に書店で修業したり、学んだりしましたか?
いえ、まったく(笑)。20代なら、まず修業して……と考えたかもしれませんが、そのときは30代半ば。しかも、人から命令されるのが嫌で前の仕事を辞めた部分もあるので、本屋勤務の経験がないまま走り出しました。斜陽産業と思われている本屋だからこそ、既存のやり方をあえて知らずにはじめてみよう、“素人力”が逆に強みになるのではないかと考えてのことです。当初は業界の常識を知らず、「失礼なやつだな」と言われることもありましたが、本の仕入れ方をはじめ、さまざまなことに柔軟な考え方ができたので、結果的によかったと思います。
── 店名の「SNOW SHOVELING」は、村上春樹小説に登場する「文化的雪かき」というフレーズの英訳ですね。

ええ、そうです。高校生のときに『ノルウェイの森』を読んで以来、ずっと村上主義者で、とくに比喩表現、メタファーに惹かれます。『ダンス・ダンス・ダンス』の中で、ライターをしている主人公が自分の仕事のことを「文化的雪かき」だと表現する場面があります。誰かがやらなくちゃいけないこと、誰でもできることだけど、それを自分がする……。本屋をはじめようと思ったとき、「文化的雪かき」という言葉が脳内でリンクして、それで「雪かき」を英語にした「スノウショヴェリング」にしました。
通い続けて“ニューヨーク三部作”を制作
── 年2回、ニューヨークへ買い付けに行くそうですね。
人種のるつぼで、世界を感じられるニューヨークが好きなんです。90年代後半に旅して以来、何度も足を運んでいるので、融通がききますし、仕入れが安定していることも通い続ける理由のひとつですね。現地での経験をもとに、2015年に『NEW YORK COFFEE SHOP JOURNAL』というコーヒーショップガイドを、その後『NEW YORK BOOKSTORE NOTE -ブルックリン編-』『NEW YORK BOOKSTORE NOTE -マンハッタン編-』という本屋ガイドの制作もして、“ニューヨーク三部作”となりました(各1,000円、税込)。

── この本の中に、店をオープンするときに、お手本にしたニューヨークのブックストアはありますか?
ええ、あります。ブックストアの「スプーンビル&シュガータウン・ブックセラーズ」(ブルックリン)と「スリーライブズ&カンパニー」(グリニッジビレッジ)、そして「エースホテル・ニューヨーク」のラウンジ。3つの店のいいなと思うところを組み合わせて、この店をつくるときの参考にしました。たとえば、店内にソファセットを置くことは、エースホテルのラウンジからヒントを得たものです。店に来た知らない人同士が、お互いに自然と声をかけられるようなスペースづくり、空気づくりを心がけているので、誰かの家に遊びに行ったような感じが出せたと思います。
店に文庫や新書を置かないわけ
── 書棚をつくるときに、気をつけていることは何でしょう。

一応、棚はカテゴリーごとにわけていますが、背表紙を見て、自分の目で選んでほしいので、わざと人のうちの本棚っぽく並べるようにしています。ここにある本は、国内の新刊は1割ほどで、洋書も入れると2割くらいでしょうか。ほとんどが古本ですが、文庫や新書は置かない主義でやっています。それは、書かれた文字や文章はもちろん、装丁や帯も含めたものが本の魅力で、本を生み出すためにエネルギーをかけた人たち、そのパワーが100%集結したものは、単行本だと思うからです。
── オープンして6年。以前と比べて、業界が変わったなと感じることはありますか?
やはり、仕入れの部分が大きく変わりましたね。以前は取次を通さないといけなかったのですが、徐々にシステム自体が緩和されていきました。いまでは、一部の大手出版社を除いて、個人店でも出版社と直取引ができます。ひとつひとつは小さいけれど、インディペンデントな本屋が増えてきて、ひとつのパイになったということでしょう。出版社として対応せざるを得なくなっているということだと思います。うちのような個人店にとってはありがたいことで、大きな一歩が踏み出せたと思います。

映画、音楽、アート、サッカー……たくさん好きなものがある中で、本はそのひとつでしかないという中村さん。でも、文庫や新書を置かない理由や「再読できるものでなければ、本として認めない」という言葉に、本に対する並々ならぬこだわりや思いがあふれています。「村上春樹のブッククラブ(読書会)」は、現在10期目を開催していて、11期目を募集中です。「自分のやりたいようにやる」「つねに気分よく」をモットーにしている中村さんの周りには、インディペンデントな心を持った人たちが集まってくるのでしょう。

SNOW SHOVELING BOOKS & GALLERY 中村さんのおすすめ本

『愛蔵版 グレート・ギャツビー』スコット・フィッツジェラルド著、村上春樹訳(中央公論新社)
言わずと知れたアメリカ文学の傑作。原文と翻訳という違いはありますが、フィッツジェラルドと村上さんには、共通点があるように思います。それは、細やかな描写や、ひと言ひと言のチョイスなど、大きな物語をつむぎながらも、言葉が詩のように美しい。1年に1回は読み返したくなる、まさに愛蔵版です。
『忘れるが勝ち!前向きに生きるためのヒント』外山滋比古(春陽堂書店)
「忘れる」とはなかなか勇気のいる行為です。それが自覚的であれば尚更です。ではどうしたら、タイトルの通り「忘れるが勝ち」にたどり着くかというと、本書では「忘れること」「思い出すこと」の解説から実践法へと進み、後ろを向く(思い出す)ことを放棄し、長年乗ってなかった愛車のエンジンを再びかけるかのように、新しく、あるいは前向きに生きるためのヒントを著者が差し出してくれます。

SNOW SHOVELING BOOKS & GALLERY
住所:158-0081 東京都世田谷区深沢4-35-7 2F-C
TEL:03-6432-3468
営業時間:13:00 – 19:00
定休日:毎週火・水曜
http://snow-shoveling.jp


プロフィール
中村秀一(なかむら・しゅういち)
1976年、鹿児島県生まれ。グラフィックデザイナーを経て、2012年9月にSNOW SHOVELING BOOKS & GALLERYをオープン。編集、デザイン、写真を手がけた“ニューヨーク三部作”に続いて、『NEW YORK BOOKSTORE NOTE -サンフランシスコ編-』を2019年春に発売予定。


写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。