ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。
【連載11】
本を必要とする人の、手に届くところに本屋をつくる
Pebbles Books(東京・小石川)久禮亮太さん
自ら床張り、壁塗りから始めた店づくり
文京区・小石川の閑静な住宅地にある一軒家が、2018年9月に街の本屋「Pebbles Books(ぺブルズ・ブックス)」へと生まれ変わりました。「Pebble」は「小石」という意味。店名には、川の流れで磨かれた小石のように、有名ではなくても光り輝くような本をたくさん集めて提供したいという思いが込められています。元、「あゆみBOOKS小石川店」(2017年3月閉店)の店長で、フリーランスの書店員「久禮書店(くれしょてん)」として活動している店主の久禮亮太さんに、店を構えることになったいきさつや、本屋という仕事について語っていただきました。
── 久禮さんは、小石川にご縁があるようですね。
そうですね。独立する前から、いつか自分で店をやりたいという気持ちはありましたが、こんなに早く実現するとは思ってもみませんでした。しかも馴染みのある小石川、これは幸運な偶然でした。2016年の秋に、選書を担当しているブックカフェ「神楽坂モノガタリ」(新宿区)のオーナーである製本会社から、以前、従業員用の食堂やロッカールームとして使っていた建物を「本屋にしてもいいよ」と声をかけてもらったのです。隣にあるイタリアンレストラン「青いナポリ」は製本会社の工場跡地で、ここはその工場ではたらいていた人たちが休憩する場所でした。
ちょうどその頃は『スリップの技法』(苦楽社、2017年10月刊行)を書いている最中で、気にはなっていたものの、すぐに開店準備を進めることができませんでした。ようやく動き出せたのは2018年の春になってからです。ゴールデンウィーク前に、あえて内装など手つかずの状態で開業しようかと考えていましたが、いざ始めようとした矢先に柱が傷んでいるのを見つけてしまって……。大工さんに依頼して、修理が完了したのは夏の終わりでした。それから大急ぎで、床張りや壁塗りなど自分たちで作業を進めて、9月15日にオープンすることができました。まだ、つくりかけのところもあるので、いまも少しずつ手を入れています。
壁の色には相当こだわりましたね。最初は、濃紺にグレーを足したような僕の1番好きな色にしようとしたのですが、いざ壁一面に塗ってみると、かなりシックというか、重厚感のある書斎のような感じになってしまって、ちょっと違うかなと思いました。近所の子どもやお母さんたちにも来てほしいので、もうちょっと明るくしたい、もっとカジュアルな感じに、と試していたら3回も塗り直すことになりましたが、最終的に1階は淡いグリーンに落ち着き、1番好きな色は2階の壁に採用することにしました。2階は、まだ塗り終わっていないところがあるので、これからやります。
── Pebbles Booksをオープンしてから、フリーランスの仕事はセーブしているのでしょうか。
いいえ、前と同じようにやっています。書店員は、できるだけ店のそとに出て視点を変えたり視野を広げたりすることが大切だと思っています。僕がほかの仕事を続けることで、この店にフィードバックできることもありますし、ここでの経験がほかの店に生かせることもありますから。ずっとここにいることはできないので、この店はスタッフの渡辺秀行くんと2名体制でやっています。渡辺くんは、僕があゆみBOOKS小石川店の店長をしていたときの学生アルバイトで、気心の知れた間柄です。彼は卒業してからほかの書店に就職して経験を積んでいましたが、同じ小石川でまた一緒に仕事をすることになりました。
はい、うちはオールジャンルの新刊書店である面とセレクトショップ的な面をあわせ持つ店です。あゆみBOOKSで学んだ日常的に立ち寄れる店づくりと神楽坂モノガタリで経験したような非日常的な仕掛け、両方のよさをうまくミックスできたらと考えました。1階は話題の新刊や文庫、絵本、実用書、雑誌など、2階は人文、アート、ビジネスが中心です。開店当初から地元の人が来てくださって、おかげさまで売り上げは安定しています。これからは遠くからでも足を運んでもらえるような要素も必要だと思うので、2階の展示スペースや店の前のウッドデッキはできるだけ早く完成させたいですね。
読みたい人の前に、良い本を差し出せば売れる
── 展示スペースやウッドデッキ制作のほかに、これからやりたいことは何でしょう。
雑誌を定期購読してくれる人が増えてきたので、雑誌をきっかけに、書籍や単行本も知ってもらえるようフリーペーパーなどで紹介していければと考えています。購読者だけではなく、地域の人やこの店に賛同してくれる人も交えたブッククラブのような組織にできるといいですね。イベントは店内でできる小規模なものだけではなく、大人数になる場合は、隣のレストランやケーキ屋さんに場所を貸してもらうことも考えています。近所に協力してくれる人たちがいることは、とてもありがたいことです。
本屋は、静かに自分と向き合える場所。良い意味での「孤独」を感じてもらえる空間にするため、店側には演出も必要だと思います。普段生活しているなかで、なんとなく心に引っかかっていることってありますよね。本屋にある、あふれる文字のなかから、言葉にならないモヤモヤした思いは何かを見つけてもらえるかもしれませんし、僕たちがそのお手伝いができたら、うれしいです。本はそれを必要としている人の手の届くところに持っていけば売れます。まずは、本と向き合いたいという気持ちをいかに自発的に持ってもらうか。そう思ってもらえるような装置や雰囲気づくりをこれからも心がけていきたいです。
久禮さんが「本を売るのは、おもしろい!」と思った原体験は、学生時代に高田馬場で見たホームレスのおじさんなのだとか。拾ってきた雑誌を戸板に並べ、学生相手に売っていたその人は、いつの間にか小銭を貯めて、ついにテナントを借りるまでになったそうです。本を必要とする人の、手に届く範囲に本屋をつくること。本屋は住宅地のなかにこそ必要なのではないかという久禮さんの考えは、そのときの体験が少なからず影響を与えているようです。かつて本をつくる人たちの憩いの場であった建物は、時を経て本屋となり、いまは街の人たちを癒す空間になっています。
Pebbles Books 久禮さんのおすすめ本
『パリ左岸のピアノ工房』T.E.カーハート 村松潔 訳(新潮クレスト・ブックス)
本書は、パリに移住してきたアメリカ人ジャーナリストがピアノに再び出合い、自分のための小さな楽しみとして自宅に愛らしいベビー・グランドを買い、音楽とともに暮らす日々を始めた、そのいきさつを綴ったエッセイ。娘を幼稚園へ送ったある朝、著者は以前から気になっていた謎めいたピアノ工房を、思いきって訪ねます。それをきっかけに、若いけれど気骨のあるピアノ職人、アル中の調律師、ピアノ教師や教室仲間の家族たちなど、さまざまな個性ある人々と出会い、著者はこの異国の街に居場所を見つけていきます。ピアノを習うというと、訓練と躾(しつけ)が渾然となった厳しいものを思い出す方も多いかもしれません。著者もそうだったようです。しかし、大人が自ら音楽と向き合うことは、とても豊かで「心を満たす孤独感」と、豊かな人間関係の糸口をもたらしてくれると、本書は教えてくれます。ピアノを弾く人、弾いていた人はもちろん、弾いたことのない人も、いますぐ音楽を始めたいと思わせてくれる一冊です。私たちPebbles Booksも、このピアノ工房のように、訪れた方の暮らしに豊かな孤独感と人間関係をもたらすきっかけとなれるような店でありたいと願います。
本書は、パリに移住してきたアメリカ人ジャーナリストがピアノに再び出合い、自分のための小さな楽しみとして自宅に愛らしいベビー・グランドを買い、音楽とともに暮らす日々を始めた、そのいきさつを綴ったエッセイ。娘を幼稚園へ送ったある朝、著者は以前から気になっていた謎めいたピアノ工房を、思いきって訪ねます。それをきっかけに、若いけれど気骨のあるピアノ職人、アル中の調律師、ピアノ教師や教室仲間の家族たちなど、さまざまな個性ある人々と出会い、著者はこの異国の街に居場所を見つけていきます。ピアノを習うというと、訓練と躾(しつけ)が渾然となった厳しいものを思い出す方も多いかもしれません。著者もそうだったようです。しかし、大人が自ら音楽と向き合うことは、とても豊かで「心を満たす孤独感」と、豊かな人間関係の糸口をもたらしてくれると、本書は教えてくれます。ピアノを弾く人、弾いていた人はもちろん、弾いたことのない人も、いますぐ音楽を始めたいと思わせてくれる一冊です。私たちPebbles Booksも、このピアノ工房のように、訪れた方の暮らしに豊かな孤独感と人間関係をもたらすきっかけとなれるような店でありたいと願います。
『名作童話 小川未明30選』小川未明著/宮川健郎編(春陽堂書店)
小川未明といえば、「日本のアンデルセン」ともいわれ、数多くの短編童話を残した文人。本書にはその代表作ともいえる30編が選ばれており、小川の作とは知らずにみなさんが幼少のころに親しんだものにも出合うかもしれません。
幻想的で絵画のように色鮮やかな言葉の描写が魅力ですが、ロマンティックなだけではありません。神道の修験者(しゅげんじゃ)を父にもち、『怪談』をまとめたラフカディオ・ハーンに師事した彼の作品には、自然や死など、美醜や人間性を超えて超越的に存在する恐ろしいものへの畏敬があります。また、大正時代のアナキスト、大杉栄の思想に共鳴していた彼は、自由主義社会の構想を作品に込めました。
童話的想像力が現実社会の向こう側を見せてくれることを教えてくれる、大人にこそおすすめしたい一冊です。
小川未明といえば、「日本のアンデルセン」ともいわれ、数多くの短編童話を残した文人。本書にはその代表作ともいえる30編が選ばれており、小川の作とは知らずにみなさんが幼少のころに親しんだものにも出合うかもしれません。
幻想的で絵画のように色鮮やかな言葉の描写が魅力ですが、ロマンティックなだけではありません。神道の修験者(しゅげんじゃ)を父にもち、『怪談』をまとめたラフカディオ・ハーンに師事した彼の作品には、自然や死など、美醜や人間性を超えて超越的に存在する恐ろしいものへの畏敬があります。また、大正時代のアナキスト、大杉栄の思想に共鳴していた彼は、自由主義社会の構想を作品に込めました。
童話的想像力が現実社会の向こう側を見せてくれることを教えてくれる、大人にこそおすすめしたい一冊です。
Pebbles Books
住所:112-0002 東京都文京区小石川3-26-12
TEL:03-5844-6253
営業時間:13:00 – 22:00
定休日:毎週火・水曜
https://twitter.com/pebbles_books
住所:112-0002 東京都文京区小石川3-26-12
TEL:03-5844-6253
営業時間:13:00 – 22:00
定休日:毎週火・水曜
https://twitter.com/pebbles_books
プロフィール
久禮亮太(くれ・りょうた)
1975年高知県生まれ。「あゆみBOOKS小石川店」(2017年3月閉店)の店長を経て、「神楽坂モノガタリ」(東京都新宿区)で選書、書店業務一般を行うほか、長崎書店(熊本市)で書店員研修を担当するなど、フリーランスの書店員「久禮書店」として活動。2018年9月にPebbles Booksをオープン。著書に『スリップの技法』(苦楽社)がある。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋