スポーツ文化評論家 玉木正之

日大アメフト部の悪質タックル問題から角界の貴乃花親方引退まで、相次ぐスポーツ界の問題はスポーツに対する「無知」が原因!?
数多くのTV番組に出演し、多岐に渡って活躍するスポーツ評論家・玉木正之さんが、文化としてのスポーツの誕生と、その魅力を解き明かします。


テニスって、どういう意味?
それは世界史的な広がりを持つ疑問なのだ!
 スポーツという文化(カルチャー)は、人間が創り出した産物だけに、あらゆるコトに意味がある。これまでにサッカーやボクシングという言葉の意味や、バスケットボールは何故ボールを持って3歩以上動いてはいけないのか……といったルールの意味を説明してきた。
 が、スポーツのなかには、言葉の意味がはっきりとはわからないものもある。それは、かなり古くから行われていたため、昔のこと(起源)が曖昧になってしまったスポーツだ。
 
 たとえば、テニス。
 私が日本テニス協会に招かれて講演をしたとき、「テニスという言葉の意味を知ってますか?」と訊いてみたところ、ある女性の元プロテニス選手が、「私、知ってますよ」と言って次のような説明をしてくれた。
 昔の日本では、スポーツと言えば蹴鞠が主流で、ボールを足でばかり扱っていた。あるとき、ある人が「たまには手でやってみない?」と言って、それからみなが、手にする?……てにす……テニス……と。
 私は、思わず吹き出してしまった。これは日本のテニス選手のあいだでは古くから口にされてきたギャグらしいが、そんな冗談が生まれるのは、けっして悪いことではない。それはテニスが、起源(言葉の意味)がわからなくなってしまうほど長く、古い歴史を持つスポーツである証拠とも言えよう。
 実際テニスは、手のひらでボールを打ち合う遊びから生まれたとされ、いろいろな起源説がある。
・古代エジプト(または古代アフリカ)起源説。エジプトのチニス(またはチュニジアのチュニス)という町で流行したことからテニスと呼ばれた。
・古代ギリシア起源説。ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に出てくる王女ナウシカと侍女がボールを打ち合った。
・ビザンチン(東ローマ)帝国説。この国で行われていたポロ競技が変形して、ふたりで打ち合うようになった。
・古代ローマ起源説。ローマの浴場でボールを打ち合ったことから発展。カエサルやアウグスティヌスもプレイしたと言われている。
・古代ペルシア起源説。短いラケットでボールを打ち合うチガオンと呼ばれた遊びがギリシアやローマに伝わり発展。
・イスラム帝国起源説。7世紀アラビアに生まれた帝国で、手のひら(アラビア語のラハト=英語のラケットの語源)でボールを打ち合う遊びが流行。
 ほかにも、アメリカ大陸のメキシコの先住民族(トルテック族)が、足の太股でボールを打ち合う「トラッチリ」という遊びに興じていたらしく、「ボールを打ち合う遊び」が世界各地で生まれ、それが中世(15世紀頃)フランスに伝わり、「ジュ・ド・ポーム(手のひらの遊び)」と呼ばれるゲームに発展したという説もある。最初のうちは、楽しく打ち合って、その打ち合いを長く続ける遊びだった「ジュ・ド・ポーム」が、やがてネットをはさんで打ち合う今日のテニスに発展したといわれている。そこで、テニスtennis という言葉も、フランス語の tenir(持つ・保つ・つなぎとめる)の命令形であるtenez(続けて!)から生まれたという説もある。
 起源も言葉の意味も諸説紛々。つまりは古くから世界中の広い地域で楽しまれた遊びが、長い時間をかけて集約され、工夫され、ゲームとして整えられたもの――それがテニスというスポーツだと言えるのだ。
 そんなテニスには、さらに不思議なことがある。
 ポイントを数えるときに、0(ゼロ)のことを、なぜ「ラヴ Love」というのか? さらに、15(フィフティーン)、30(サーティ)、と数えるポイントが、次はなぜ40(フォーティ)となるのか? また、プロ選手なら時速200キロにも達する猛烈な最初のショットを、なぜ「サービス service」(奉仕・給仕)と呼ぶのか? 
 解答は次回に……そこから、さらに世界史につながるさまざまな出来事が浮かびあがるのだ。


『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店) 玉木正之(著)
本のサイズ:四六判/並製
発行日:2020/2/28
ISBN:978-4-394-99001-7
価格:1,650 円(税込)

この記事を書いた人

玉木正之(たまき・まさゆき)
スポーツ&音楽評論家。1952年4月6日、京都市生まれ。東京大学教養学部中退。現在は、横浜桐蔭大学客員教授、静岡文化芸術大学客員教授、石巻専修大学客員教授、立教大学大学院非常勤講師、 立教大学非常勤講師、筑波大学非常勤講師を務める。
ミニコミ出版の編集者等を経てフリーの雑誌記者(小学館『GORO』)になる。その後、スポーツライター、音楽評論家、小説家、放送作家として活躍。雑誌『朝日ジャーナル』『オール讀物』『ナンバー』『サンデー毎日』『音楽の友』『レコード藝術』『CDジャーナル』等の雑誌や、朝日、毎日、産経、日経各紙で、連載コラム、小説、音楽評論、スポーツ・コラムを執筆。数多くのTV番組にも出演。ラジオではレギュラー・ディスクジョッキーも務める。著書多数。
http://www.tamakimasayuki.com/libro.htm
イラスト/SUMMER HOUSE
イラストレーター。書籍・広告等のイラストを中心に、現在は映像やアートディレクションを含め活動。
http://smmrhouse.com