ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載18】
本屋がない街にできた、待望の“街の本屋さん”
本屋イトマイ(東京・ときわ台)鈴木 永一さん


文字だけで表現される「本の世界」の奥深さ
レトロな駅舎と緑豊かなロータリーが印象的な、東武東上線「ときわ台」駅北口から徒歩1分。2019年3月にオープンした「本屋イトマイ」は、カフェを併設した新刊書店です。板橋区常盤台は、東武鉄道が戦前に高級住宅地として開発した街。北口のロータリーからまっすぐに伸びた道の右側、1階の扉を開けて階段を上がると、駅前の穏やかな雰囲気からひと続きのような、ゆったりと贅沢な時間が過ごせる空間が現れます。現代美術にも造詣が深い店主の鈴木永一さんが生み出したのは、どんなお店なのでしょう。
── 本屋をやりたいと思うようになったのは、「本屋B&B」店主でブック・ディレクターの内沼晋太郎さんが主宰する「本屋講座」を受講されたのがきっかけだとか。
はい、そうです。それまでは本屋になろうなんてまったく思ってなくて……。そもそも、本格的に本を読むようになったのも社会人になってから。学生時代は地元山形の美大で現代美術をやっていて、美術書や小説を少し読む程度でした。現代美術を続けたかったけれど、それではご飯を食べていけません。卒業後は山形の新聞社のデザイン室に3年ほど勤め、その後東京に出てきてデザイン会社に入りました。仕事は出版物のポスターや中吊り、POPのデザインなど、主に書籍や雑誌の宣伝物をデザインしていました。

── 本の宣伝物をデザイン。いまのお仕事につながっている気がします。

多少の影響はあるかもしれませんが、いまにつながる根っこの部分では、保坂和志さんの本に出合ったことが、一番大きいと思います。文字だけで表現される世界の奥深さや手法の幅広さ。現代美術にもつながる“自由さ”を、文章だけで論理的に実践されている。そのことに感動して、本を読むことにどんどんのめり込んでいくようになったんです。こんなに面白い“本”、それを売る本屋。もしかして、本屋をつくっていくことは、アート作品をつくるのと同じなんじゃないか。いまではそう思うようになりました。
── 選書はもちろん、お店のデザインからやカフェの接客まで、全部自分ひとりでなさっているんですね。
ケーキも自分で焼いていますが、トーストのパンだけは沿線の「東武練馬」駅にあるお酒とパンの店「まさもと」さんに、角食(角型食パン)を焼いてもらっています。まさもとさんは、以前「パーラー江古田」という有名なお店で働かれていた人で、物件探しで苦労していたときに、お店の佇まいに惹かれてふらりと入ったのが、おつきあいの始まりです。ここをオープンする前にいろいろ相談していたときは、パンづくりのプロだなんて知らなくて……。まさもとさんの角食を目当てに来るお客さんもいるほど、おいしいんですよ。
「本屋さんができてうれしい」という声を励みに
── 店名は、「おいとまします」の「いとま」からつけられたそうですが、本を読みながらゆったりと過ごせる空間にするために、お店独自のルールはあるのでしょうか。

当初はルールを決めようと思っていましたが、提示しないまま4ヵ月経ってしまいました。カフェでは壁に向かって席を設けるなど、自分だけの時間を満喫できるようにしています。その効果か、店からお願いしたわけではないけれど、「静かにしなくちゃいけない」という暗黙のルールが常連さんには広がっているようで、これまで大声で話すようなお客さんはほとんどいませんでした。ただ、初めての方にはお伝えしないとわからないこともあるので、店の考え方などをまとめた簡単な冊子をつくろうと考えています。
── 書店パートには新刊。カフェの本棚には古本が並んでいますが、古本も買えますか?
いいえ、カフェに置いている本は自分の持ち物で、読んでもらってもかまいせんし、むしろ読んでほしいですが売り物ではありません。書店として扱っているのは、新刊だけ。自動配本ではないので1冊1冊選ぶのは大変ですが、トーハンさんに一括発注できるから、カフェの仕事に割く時間がつくりやすいというメリットはあります。この街にはしばらく本屋がなかったので、「本屋さんができてうれしい」という声を聞くたびに、店を始めてよかったなと思います。「時間がかかってもいいから、ここで買いたい」とわざわざうちに注文してくれるお客さんもたくさんいて、本当にありがたいです。

こだわりは「こだわりすぎた感じを出さない」こと
── 選書のポイントや、店づくりで気をつけていることは何ですか?
この店に求められているもののひとつが“街の本屋”としての役割だと思うので、ひとつのジャンルに特化したり、こだわりすぎた感じを出したりしないよう心がけています。巻数の多い漫画はスペースの関係で置けませんが、ここには雑誌もあれば、本屋大賞の書籍もある。「いま社会が求めているもの」は意識して揃えていくつもりです。ページをめくるだけであらゆる世界に飛び込むことができる本。幅広いジャンルの本を置くことで、多くの人に来てほしいし、この店が人と本をつなぐハブのような機能が果たせたらうれしいです。
── 常連さんもついてきて、お店は順調そうですね。

いえいえ、そんなことないですよ。来客数は波があるし、本の品揃えひとつとっても理想にはほど遠い。できていないこともたくさんありますが、ようやくイベント第一弾として『ガーンジー島の読書会の秘密』(8月30日公開)という映画の公開にあわせ、イギリス文学の提案と読書会を実施します。まずは本屋B&Bさん、私語厳禁のカフェ「Fuzkue(フヅクエ)」(初台)さん、「アール座読書館」(高円寺)さんという目標とするお店に少しずつ近づけるよう頑張って、それからこの店ならではの色をつけていきたいです。
「何かを極めた人や、人がやっていないことをする人には、学ぶところが多い」──鈴木さんは本屋をオープンすると決めてから、「いいな」と思った店や人に出合うと、勇気を出して話を聞いてきたそうです。そのおかげか、初対面の人と話すのは苦手だったけれど、今では初めてのお客さんと話すのにも積極的になったのだとか。鈴木さんの思いを受けとめて開店に力を貸してくれた人たち、ネットで買ったほうが早いのに店で本を注文してくれるお客さん……。本屋イトマイは、相手を思いやる温かい心に包まれています。

本屋イトマイ 鈴木さんのおすすめ本

『珈琲の表現』蕪木祐介著(雷鳥社)
自家焙煎のコーヒーとチョコレートの店「蕪木」(現在移転準備中。2019年9月再開予定)の店主・蕪木さんがコーヒーの淹れ方、愉しみ方について書き下ろした一冊。好きなコーヒーとチョコレートに対して一切妥協がなく、真摯に向き合っている姿が文章からにじみ出ていて、読んでいると背筋が伸びます。

本屋イトマイ
住所:174-0071 東京都板橋区常盤台1-2-5 町田ビル2階
TEL:03-5918-9888
営業時間:12:00 – 21:30(木曜のみ17:00 – 21:30)
定休日:毎週火曜、第1・3月曜
https://twitter.com/honyaitomai


プロフィール
鈴木 永一(すずき・えいいち)
1979年、山形県生まれ。美術大学卒業後、現代美術やグラフィックデザイナーの仕事をしながら読書に没頭。内沼晋太郎氏の「本屋講座」受講を機に、新しい“街の本屋”を構想しはじめ、2019年3月に「本屋イトマイ」をオープン。現在は、同店で新刊書販売と喫茶営業のかたわら、グラフィックデザインの仕事も行っている。今後フェアやイベントなども計画中。


写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
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