ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。



【連載29】
何度も読みかえしたくなるような、心をほぐす本を届けたい
よもぎBOOKS(東京・三鷹)辰巳 末由さん

高い芸術性と詩的な表現が、絵本の魅力
JR三鷹駅南口から、三鷹中央通り商店街をまっすぐ歩いて10分ほど。大きな外階段から入れるマンションの2階奥に「よもぎBOOKS」はあります。本屋が多いことで知られる中央線沿線ですが、三鷹の街も例外ではありません。駅ビルやその周辺にさまざまなタイプの本屋さんが存在するなかで、絵本を中心とした品ぞろえのこの店が、街の本屋の仲間入りをしたのは、2017年3月のこと。ふたりのお子さんを育てながら、ひとりで店を切り盛りしている店主の辰巳末由さんに、お話をうかがいました。
── 以前は、大型書店でオンライン業務を担当されていたそうですね。
はい、上の子を出産したときに在宅ワークへと切り替えましたが、下の子が生まれてから、それまでのペースで仕事をすることが難しくなって会社を辞めました。つねに本に囲まれていた毎日から、急にまったく本に触れない生活へ……。それは私にとってあまりに不自然なことで、禁断症状まで出てくるようになりました。いつか本屋をはじめたいという思いはもともとあったので、2016年にオンラインストアを立ち上げて、山梨にあるギャラリーカフェの本棚も担当しながら、しばらくはこの形態でやっていこうと考えていました。
── 実店舗のオープンは2017年3月ですから、予定より早く実現したんですね。
そうなんです。その頃、子どもは5歳と3歳で、手のかかる時期。実店舗をはじめるのは遠い先のことだと考えていましたが、自分の性格からして、口に出さなければ実現しない。人に話すようになってから1~2ヵ月くらいで、場所といい、大きさといい、ちょっと奥まっている感じまでも、私が思い描いていたとおりの物件が見つかったんです。正直、そんなに早く見つかるとは考えてもいなかったので、そのタイミングではじめるかどうかはかなり迷いましたが、夫の理解もあって、思いきって心を決めました。

── 最初から絵本を中心にしようと考えていましたか?
絵本は、その芸術性と短い文で表現する詩的なところが好きで、独身の頃からよく買っていました。子どもを持ったことで、さらに絵本に対する思いは強くなり、自然と絵本をたくさんそろえた店をイメージするようになったんです。ここは絵本専門店だと思っていらっしゃるお客様もおいでですが、実際のところ絵本は6割ほど。あとは大人向けの人文系の本などを置いています。店には、かたくなった気持ちをほぐしてくれるような、何度も読みかえしたくなる本を、自分の目でしっかりと選んで並べようと心がけています。

家族やお客さんたちに支えられて
── 店を構えるときに、参考にしたお店はありますか?
残念なことに今年の5月に閉店されましたが、吉祥寺にあった「青と夜ノ空」さんの雰囲気がとても好きで、什器の置き方や本の並べ方など、いろいろと参考にさせていただきました。それと、高円寺の「えほんやるすばんばんするかいしゃ」さんからはいつも影響を受けています。最初に本棚を置かせてもらった山梨県のギャラリーカフェ「ナノリウム」さんの、森の中に溶け込んでいるようにひっそりと構えるお店の佇まいも好きで、いつかナノリウムさんの雰囲気に近づけるようにと心に留めています。

── 外出自粛期間中はオンラインストアだけの営業だったんですね。
ええ、4月と5月は家で子どもの面倒を見るために、実店舗はずっと閉めていました。オンラインストアの注文には必ず一筆そえて発送するようにしているのですが、その期間は手首が腱鞘炎になりそうなくらい毎日ご注文をいただきました。みなさまにとっても不安な時期であったにも関わらず、応援のメッセージを添えて注文をしてくださった方もおられました。本当に、とてもありがたいことで、先のことを考えると不安になることもありますが、今年は何があっても続けようと思いました。店は6月から少しずつ再開して、いまの状態になったのは7月から。営業時間を少し短くして12時から17時半までにしています。
── お子さんたちは、お母さんが本屋さんをしていることをどう思っていますか?
土日に家にいないことも多いし、なかなか家族そろって出かけられないので、子どもたちには寂しい思いをさせていると思います。本屋はもうからないのに、気力と体力、時間を使う仕事です。たまに家で弱音を吐いてしまうことがあるんですが、そのたびに8歳になる娘が「お母さん、やめないで!」と言ってくれる。6歳の息子なんて、「ぼくが跡を継ぐ」と言いだしたりして……(笑)。私はグチグチと悩むタイプなんですが、夫も「やめてもいいけど、続けたほうがいいと思うよ」と背中を押してくれるので、なんとか続けてこられました。

大人が楽しめる絵本が増えた
── 絵本にはロングセラーのほかに、たくさん新作も出ています。最近の絵本にはどのような傾向がありますか?
祖父江そぶえしんさんがブックデザインを手がけられた『の』(junaida著、福音館書店)、「世界で最も美しい本コンクール」で銀賞を受賞した『くままでのおさらい』美篶堂みすずどう手製本特装版(井上奈奈著、ビーナイス)、それにインドの出版社・タラブックスの、シルクスクリーンで1枚ずつ丁寧に刷られた絵本など、大人向けの絵本が増えてきたように感じます。インクの匂いも含めた五感を刺激する芸術性の高い作品は、内容も哲学的なものが多いですね。『モーションシルエット』(silhouette books / かじわらめぐみ、にいじまたつひこ著、グラフィック社)のような芸術性の高い飛びだす絵本も、小さな子どもが触ったらすぐ壊れちゃう。以前、息子に恐竜の飛びだす絵本をプレゼントしたことがあるんですが、3日で恐竜の首が飛びました(笑)。

── 本屋を開く夢を実現されましたが、これから先やりたいことはありますか?
いつか自分の手で、本を作ってみたいですね。ただでさえ情報があふれている世の中で、わざわざ発信する必要があるのかと考えることもありますが、本屋としてたくさんの素敵な本や心打つ言葉に触れているうちに、その思いがだんだん大きくなってくるのを感じます。いまはスキルも具体的なアイデアもありませんが、少しずつ力を貯めて、しかるべきときにアウトプットできたら本屋冥利に尽きるんじゃないかと思います。

どこにでもある草だけど、加工すればお餅にも、薬草にもなる「よもぎ」。山梨県で生まれ育った辰巳さんにとって、原っぱに生えているよもぎは、とても身近な存在だったそうです。正式な店名は「よもぎBOOKS」ですが、店のロゴには“草冠に逢う”と書く、漢字の「蓬」が使われています。本と人が出逢う場所である本屋さんは、街に住む人たちにとって蓬のようなもの。その街に暮らす人々を癒し、心を豊かにする、なくてはならない存在です。


よもぎBOOKS 辰巳さんのおすすめ本
『わたしはしらない』まつむらまいこ著(えほんやるすばんばんするかいしゃ)
モノクロの水彩画と「……わたしはしらない」という短い文で構成された大人のための絵本。著者のまつむらさんから聞いた「知らないことがあると安心する」という言葉は私の心にずっと残り、ふとした瞬間に考えさせられています。原画に近い色味に調整し、ノドの食い込みで見えなかった部分の仕様を変更して今年発売されたのは、第二版ではなく「新版」。製本まで手がける版元の細部にわたるこだわりも堪能できる1冊です。

よもぎBOOKS
住所:181-0013 東京都三鷹市下連雀4-15-33 三鷹プラーザ日生三鷹マンション2F
電話番号:050-6870-6057
営業時間:12時~17時30分
定休日:不定休(週2回)
https://yomogibooks.com

プロフィール
辰巳 末由(たつみ・まゆ)
1981年、山梨県生まれ。むさぼるように本を読み、本に救われた経験から、本とともに生きくことを20代半ばに決意。大型書店のオンライン部門勤務を経て、2児の子育てをしながら、2016年からオンラインストアを開設して、山梨にあるギャラリーカフェの選書にも携わる。2017年3月に絵本を中心とした実店舗「よもぎBOOKS」をオープン。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。