ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。



【連載28】
どんな気分のときも楽しめる「ソフト&ハード」な本を
YATO(東京・両国)佐々木 友紀さん

「本、コーヒー」からYATOに
東京都慰霊堂や東京都復興記念館のある横網町公園のほど近く、蔵前橋通り沿いにある「YATO(やと)」は、本やコーヒーなどを楽しめる店として2019年1月にオープンしました。ふらりと立ち寄ってコーヒーを飲む人、本を手に取る人が1人、2人と増え、土日には店の奥にあったカフェスペースが満席になるくらい、常連のお客さんが増えてきた矢先のコロナ禍……。いまは“本屋度”を増して営業しているというYATOの店主・佐々木友紀さんのもとを訪ねました。
── 佐々木さんは、もともと本にまつわる仕事をしていたのですか?
これまでいろんな仕事をしてきましたが、書店業務は東上野にある「ROUTE BOOKS(ルートブックス)」で1年半ほど担当しただけです。「いつか植物と本のあるブックカフェを上野辺りでやりたい」と漠然と考えていたら、イメージにぴったりのお店がすでにあった。それがゆくい堂という工務店が経営しているROUTE BOOKSでした。存在を知ったその日のうちに「働かせてください!」と頼みにいきましたね。その後、そこで出会った大工さんと一緒にこの店をつくることになるわけですが、開店準備の期間は雑誌『仕事文脈』(タバブックス)を読んで時間に融通が利きそうな水道検針の仕事を知り、早速調べてその仕事をはじめました。
── 思い立ったらすぐ行動、なんですね(笑)。ところで、店名の「YATO」には、どのような由来があるのでしょう。
YATOは、「本、コーヒー~」の「や+と」。「~ブックス」に代表されるように店の名前には、形容詞と名詞がよく使われますが、僕は語と語をつないだり関係性を示したりする、日本語で言うと助詞、英語やフランス語だと接続詞に当たる部分に注目してみようと思ったんです。当初はいまの場所に加え、隣にあった喫茶店の2階も借りる予定でした。「や」をフランス語にすると”ou”、「と」は”et“だから、2階のほうをフランス語の”ou+et”で「ウエ」、1階のここを日本語の「やと」にしようと決めたのですが、結局、隣の建物は取り壊されることになって、YATOだけが残りました。

── 上野に店を出したかったのに、どうして両国になったのですか?
ROUTE BOOKSをやめて物件を探しているときに、池之端の古書店「タナカホンヤ」の田中宏治さんが大家さんを紹介してくれた流れで両国になりました。ここは下町なので、赤ちゃんを連れたお母さんから80代のおじいさんやおばあさんまで、地元に住んでいる幅広い年齢層の人たちが来てくれます。毎年3月10日(東京大空襲)と9月1日(関東大震災)に東京都慰霊堂で40年以上お祈りを続けているというおばあさんたちがいて、お祈りのあとはいつも隣の喫茶店に集まっていたそうですが、昨年からうちが引き継いで場所を提供しています。両国は歴史ある古い街。はじめたばかりの店がこの街とつながれたようで、うれしかったです。

ゴダールの映画に影響されて
── こちらには哲学、文学、アート、カルチャーから絵本まで、幅広いジャンルの本がありますが、とくに力を入れているジャンルは何でしょう。
人文系のジャンル、なかでも哲学や社会問題などが多いですね。僕は昔から本と同じくらい映画が好きでした。ゴダールの映画を観てフランスの現代思想を知りたいと思い、そこから歴史や社会問題、文学やアートへとつながっていった。映画、とくにゴダールの映画からは少なからず影響を受けています。そういえば、YATOという店名にすることになったのも20年以上前に観た「ヒア&ゼア/こことよそ」(Ici et ailleurs、1976年)が関係しているのかも……。映画のなかに「と」という意味のフランス語、“et”の文字が何度も出てきて印象的だったことを、いま思い出しました。

── 「ヒア&ゼア」は観たことがないのですが、たしかにゴダールの映像は画として印象に残りますね。
記憶のどこかに残っていたんでしょうね。良い映画を見逃してしまうことがあるように、この世には見過ごされたり、流れされたりしている良い本がたくさんあります。だから雑誌は2ヵ月で返品できなくなるけれど、僕はいいなと思うものは残すようにしています。開店当初から比べると、古書の割合が少しずつ減ってきて、いまでは8割が新刊ですが、絶版になってしまった良い本もたくさんあるので、古書はこれからも置きつづけると思います。それにしても、本は予想に反して思わぬ反応が生まれるので面白いですね。ネット業界で話題のOOUI(オブジェクト指向ユーザーインターフェース)に関する本は哲学に通じるところもあるからか、ジャンルを超えてデザインなど人文系が好きな人にも読まれています。
── 仕入れに関しては、「一冊!取引所」という受発注プラットフォームの利用を開始されたそうですね。
はい、サービスがスタートした今年の6月から使いはじめました。取引のない出版社に初めて連絡をするときは、メールにしろ電話にしろ、いろいろと面倒なことが多いけれど、「一冊!取引所」に登録しておけば、やりとりがスムーズでレスポンスも早いから、とても助かっています。その前はトランスビューやツバメ出版流通など、いくつかの取次会社を通して仕入れたり、独立系出版社と直取引をしたりしていましたが、八木書店との取り引きもようやくはじまったし、これまでのルートに加え、少しずつですが仕入れの幅も広がってきました。

この世はいろんなことが無限につながっていく
── 「ステイホーム」が叫ばれていた今年の春は、どのように過ごしていましたか?
悩んだ末に3月末からほぼ2ヵ月、店を閉めることにしました。休みの間はじっくり本を読もうと思っていたけれど、世界各所の映画祭がオンラインで開催されていることを知って、なかなか現地に足を運ぶことができない「オーバーハウゼン国際短編映画祭」(ドイツ)などの映画祭作品、それにネットフリックスでドキュメンタリーやアニメをひたすら観ていました。そのとき家人がハマっていた「セーラームーン」を初めてちゃんと観たんですが、「エヴァンゲリオン」に与えた影響や、いまもセーラームーンが海外で人気がある理由がよくわかりました。これはお客さんに教えてもらったんですけど、店に置いている『サイモンvs人類平等化計画』(岩波書店)の続編、まだ日本語版は出ていませんが、そこにもセーラームーンが世に与えた影響について書かれているそうです。

── セーラームーンが海外の書籍にも影響をおよぼしているとは、意外でした。
この世はいろんなことが無限につながっていくんだな、と改めて感じましたね。6月7日に営業を再開してから、あるお客さんに「しばらくネットで本を買っていたけど、久々に“本を買う喜び”を思い出した」と言われてジーンと来ました。別のお客さんからは「どんな気分のときも、ここはいい感じの棚だと感じる」と言われて素直にうれしかったです。その言葉で気づいたんですが、うちの棚づくりのテーマは「ソフト&ハード」なのかもしれません。漫画しか読めないくらい疲れているときに気軽に読めてためになるソフトな本、そしてなかなか売れなさそうなハードな本も躊躇なく置いておきたい。あ……、考えてみたら、「ソフト&ハード」(1986年)もゴダールの映画でした(笑)。

大幅に縮小されたカフェスペース。いま提供しているのはドリンクのみ

オープン2年目の今年はイベントに力を入れる予定だったという佐々木さん。カフェスペースのテーブルは平積みの台になり、計画は大幅に変更することになりましたが、まずはギャラリーから稼働させて、対談などの配信イベントやオンライン販売も検討中なのだとか。お休み期間に観た数々の映像作品にはアバンギャルドなものもあったそうですが、それもいつかどこかでYATOの「ソフト&ハード」な棚づくりにつながっていきそうです。


YATO 佐々木さんのおすすめ本
『ぼくはアメリカを学んだ』鎌田遵著(岩波ジュニア新書)
高校で落ちこぼれだった著者が日本を飛びだし、ユーラシア大陸を放浪してからアメリカへ渡り、先住民学の研究者になるまでを描いた自伝。ニューメキシコ州の先住民居留地に暮らしながら猛勉強をしてUCLAバークレー校に入学するわけですが、行く先々で土地の人々が助けてくれる。行き詰まったときにエネルギーが内ではなく外に向かうこと、「アメリカを学んだ」と言い切れることに感動を覚えました。
『野蛮の言説 差別と排除の精神史』中村隆之著(春陽堂ライブラリー)
「世界のすべてを知りたい」という一見前向きな好奇心すら、「野蛮」のはじまりで根源であるかもしれない。しかし「野蛮」にならないためには多くのことを学ばなければいけない。この矛盾を乗り越えて差別と排除の問題を慎重に学びたい人に、古今東西の著作を紐解きながらコロンブスの新大陸発見から進化論、ホロコースト、現代の差別意識に至るまでの、文明と野蛮の対立を追ったこの本をおすすめします。

YATO
住所:130-0011 東京都墨田区石原1-25-3
営業時間:月曜~水曜、土曜 14:00~21:00、日曜 13:00~20:00
定休日:木曜、金曜
https://twitter.com/yatobooks
https://www.instagram.com/yatobooks

プロフィール
佐々木 友紀(ささき・とものり)
1978年、青森県生まれ。大学卒業後は造船会社に勤務したのち読書没頭時代を経て、友人のパンクバンドの海外ツアー帯同や高校の英語教師、フリーランスでECサイト管理などを経験。「ROUTE BOOKS」(東上野)で本にまつわる仕事を開始して、2019年1月にYATOをオープン。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。