ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。



【連載30】
取次は「本屋という生き方」を支える仕事
八木書店(東京・神田)小谷野 哲矢さん、川瀬 哲史さん

人文系の新刊だけでなく、「自由価格本」も提供
これまで書店への取材をするなかで、仕入れ先として何度もお名前が出てきた「八木書店」。大手取次と違い、保証金や担保なしで、書店としての経営実態があれば1冊から現金仕入れができること。そして自分で選んだ、本当にほしい本だけを仕入れられることから、独自の店づくりをする本屋さんにとって、とてもありがたい存在となっています。連載30回目を迎える今回は、街の本屋を支える「取次」の八木書店へ。神田にある本社ビルで、新刊取次部の小谷野哲矢部長、同部新刊取次課の川瀬哲史課長が迎えてくださいました。
── 八木書店では出版、古書店、取次と幅広く手がけていますが、取次業務はどのような経緯で人文書専門になったのでしょう。
小谷野哲矢(以下、小谷野) 1934(昭和9)年に、創業者の八木敏夫が「日本古書通信社」を立ち上げ、古書の相場などを掲載した『日本古書通信』という雑誌を発行。同じ年に「六甲書房」を設立して古書の売買や出版、特価書籍の卸しをはじめました。
新刊取次を開始したのは「八木書店」へと改称した1953(昭和28)年からで、上野松坂屋書籍部に児童書を卸すようになったのがきっかけです。その後、三省堂漢和辞典などを編纂された長澤規矩也きくや先生の紹介で三省堂、吉川弘文館、明治書院などと取引を開始して、取引先の需要に応えていった結果、取次としては現在の人文書専門というカラーになりました。

── 書店には自社出版物や古書も卸していますか?
川瀬哲史(以下、川瀬) 弊社で出版しているのは、日本史・日本文学関係の学術書や資料集です。専門性が高く、販売先は大学や研究機関に販路を持つ外商系の書店様が中心です。古書は日本語・日本文学が専門ですが、直販前提の商材なので、基本的に卸しはおこなっておりません。一般の書店様には、新刊書と「自由価格本」を卸しています。自由価格本は「バーゲンブック」や「アウトレットブック」とも呼ばれますが、古本ではなく一度も読者の手にわたっていない新本のこと。書籍や雑誌は「再販売価格維持制度」に基づいて定価販売されていますが、発売から一定期間を経て、出版社の意志で値引きの対象とされた書籍に限り、書店の裁量で自由に値付けができるのです。
小谷野 開業後、間もなかったり、自らの選書で品揃えをされる書店様には、自由価格本は、新刊に比べて粗利幅があるので、うまくご利用いただいているように思います。毎年7万点近くのタイトルが出版されるなかで、さまざまな要因から倉庫に眠ったまま日の目を見ない新本がたくさんありますが、自由価格本として二次流通することで、再度読者のもとに届くチャンスが生まれる。最新情報が求められるジャンルでない限り、読者には「出会った時が新刊」ですよね。最近は大型書店でも自由価格本の常設コーナーが設置されるなど、積極的に取り入れられています。

── 自由価格本を扱っている取次業者は、ほかにありますか?
川瀬 自由価格本を扱う業者は全国に何社かありますが、店で実際に手に取ることができるのは、おそらく弊社だけでしょう。本社ビルの地下1階がまるまる自由価格本の常設フロアになっており、ほかにも千葉にある商品センターに豊富な在庫を取り揃えています。書店・小売店様向けECサイトも用意しており、常時15,000銘柄を超えるタイトルから自由に選定、注文いただけます。弊社は自由価格本を戦前から扱ってきましたが、大手取次の委託配本サービスに慣れている書店には、買い切りであることと自分で選書することが逆にネックになって、扱いに二の足を踏むところが多かったように思います。近年その状況はだいぶ変わってまいりましたが、特に独立系書店のみなさんは選書や買い切りに慣れているので、自由価格本の仕入れも難なくしていただけます。

本社ビルの地下には、常設で自由価格本が展示されている

独立系書店に見出された「神田村」の新たな活用法
── 取次の業務をするなかで、独立系書店が増えてきたと感じたのは、いつ頃からでしょう。
川瀬 駅前などにあった“街の本屋”がどんどん減り、いわゆる独立系書店が増えてきたのは、2010年を過ぎたあたりですね。従来の本屋さんがたくさんあった時代は、大手取次からの配本が十分でなかったり、お客さんから注文が入ったりしたときに、うちのような小取次を補助的に使われていました。専門取次が集まっているこの辺りは昔から「神田村」と呼ばれていて、街の本屋さんはお店が休みの日にこの界隈をぐるっとひと回りして、本を調達しています。
小谷野 神田村の専門取次には「店売てんばい」と呼ばれる「本屋さんのための本屋」とも言える売店機能があり、書店様は来店して現物選書の上、現金で仕入れをすることが出来ます。大手取次帳合の書店様の場合は、欲しい本が十分入荷しないことがあり、その不足分調達でのご利用が多い状況です。神田村取次は、医学書専門の鍬谷くわたに書店、理工学書専門の西村書店、法律書専門の大学図書……というように、取り扱うジャンルや出版社の棲み分けがあり、ライバルではなく仲間のような関係なので、自社で取り扱いがない場合は「あそこへ行けばありますよ」と紹介もします。
全盛期はこの界隈に20社くらいありましたが、いまは半分ほどに減りました。厳しい状況ではありますが、最近は神田村全体をメインの仕入れ先として利用される「独立系」と呼ばれる書店様も増え、新たな活用方法を発見していただいたようで、うれしく思っています。

── 10年ほど前から増えてきた独立系書店には、どのような傾向があると思いますか?
川瀬 まず何と言ってもSNSの活用が上手ですね。イベントの集客など、地元のお客さんだけでなく、エリア外のファンもたくさん抱えていらっしゃるように感じます。それに「双子のライオン堂」(赤坂)や「SUNNY BOY BOOKS」(学芸大学)、「胡桃堂書店」(国分寺)、「ニジノ絵本屋」(都立大学)のように出版活動もされているところや、「H.A.Bookstore」のように、オンラインショップをしながら出版だけでなく取次の仕事まで手がけているところもあります。江戸時代以前の本屋は版元と書店が分かれておらず、どちらの機能も備えていましたから、ある意味”先祖返り”というのか、昔の本屋の姿に立ち戻ってきているのかもしれません。実際、弊社も含め、兼業による相乗効果、親和性はあるように思います。
小谷野 岩波書店や有斐閣はもともと古書店ですし、御社(春陽堂書店)も本の小売と外商がはじまりですよね。書店が出版も手がける一方で、出版社が専門性を活かした書店を展開することも考えられます。最近も複数の出版社様から書店開業後の調達についてご相談を受けました。出版社、書店、取次の3者が互いの事業に挑戦することは、相手方の課題や問題意識を知ることでもあって相互理解に繋がります。弊社も独立系書店から、たくさんの刺激をいただいています。

入荷情報の発信や店売所でのイベントも
── 独立系書店から受けた刺激とは、具体的にどのようなことですか?
小谷野 Twitterの活用とイベントの開催です。前任者の頃からTwitterのアカウントはありましたが、私が2019年9月に新刊取次部配属となったとき、双子のライオン堂・店主の竹田さんから入荷情報を発信してほしいと言われたのがきっかけで、「#めえめえ新刊見本棚」をはじめました。入荷した書籍を棚に収めて撮影することで、データベースでは分からない相対的な本の判型やたたずまいを感じられると好評です。仕入れの参考にしているという書店の声がたくさんあり、出版社からの反応も上々。入荷のたびにアップするのは大変ですが、続けるモチベーションになっています。
── 取次会社でのイベントはめずらしいですが、どのような内容だったのでしょう。
川瀬 イベントは昨年10月と12月に本社ビルの1階、店売所のレジ前スペースで開催しました。10月は『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)刊行記念として、竹田さんとH.A.Bookstoreの松井さん、そして著者・田中佳祐さんによるトークイベントを。12月は同書の重版記念として、本の仕入れ方をテーマに「Readin’ Writin’ TAWARAMACHI BOOK STORE」 店主・落合 博さんと竹田さんが事前に店内で選書しているところを動画で撮影して、イベントではその映像を見ながら解説していただきました。参加者はそれぞれ20人ほど。一般のお客さんには普段入れない取次でのイベントということで、喜んでいただけました。
これまでになく注目される人文書
── 取次の立場から見た、最近人気のある本やジャンルの傾向を教えてください。
小谷野 あくまで人文書の取次という視点にはなりますが、フェミニズムやLGBT、社会学、「現代の生きづらさ」をテーマにしたエッセイの本は、よく仕入れていただいています。それに外国文学、なかでも韓国の現代文学などアジア文学は売れていますね。最近とくに増えたと感じるのは、ビッグヒストリーやグローバルヒストリー、人類史、哲学史、科学史といった、通史的に概観しようとする本です。

もうずっと言われていることですが、文理問わず、専門研究が細分化して、学問の成果が専門家以外には理解しづらくなっています。弊社は専門書の出版社でもあるので、専門以外の読者にいかに、その価値を伝えるかはいつも課題です。ただ近年、その揺り戻しか、ある研究者の視点を通して大きな歴史に挑まれた本を目にする機会が増えました。自然科学でも遺伝子研究が進んだことによる倫理的な問題やAI、環境、介護や福祉、医療問題も考えるには、議論の素地として哲学や歴史をはじめとした人文的な学問が必要になってきます。人文書はいま、これまでになく、その拠り所として注目されていると思います。
── 今後書店をはじめようと考えている人にメッセージをお願いします。
小谷野 ビジネスとして考えると、書店業は割に合わない商売かもしれません。それでもやろうとする人は本に強いこだわりを持たれ「本屋という生き方」を選ばれている。それは独立系書店に限らず、プロフェッショナルとして書店で働くすべての人に言えることだと思います。だからと言って、志だけでは続けられません。私たちも「このままではいけない」と日々もがいています。紙の本には、人を集めてつなげる力があります。本屋は、“続けること”、“地域や拠り所にしている誰かにとって、今日も明日も変わらずそこにあること”が大切だと思います。本と触れ合う場を維持し、続けていくためのパートナーとして、一緒に試行錯誤させていただければと思っています。
川瀬 独立系書店の仕入れルートは、出版社との直取引や取引代行のトランスビュー、そして「子どもの文化普及協会」や弊社のような小取次を利用するなど、昔と違っていまは選択肢がたくさんあります。配送や支払の方法などがそれぞれ違うので、自分に合ったところをじっくり探して選んでほしい。そして大手取次やその他のルートをメインの新刊調達先としているお店も、小回りが利く神田村の取次を補助的にうまく使っていただけたらうれしいです。

1階は人文系の新刊フロア。奥の棚は出版社ごとにまとめられている

インタビューのあと、小谷野さんと川瀬さんに店売所を案内していただきました。1階の新刊フロアは、入り口やレジの近くに面出しや平積みがされているので一見、一般書店のようですが、奥の棚は出版社ごとに整理されているところが取次の店売所ならでは。自由価格本が展示されている地下には、文芸などの人文書はもちろんのこと、辞書や実用書、子ども向けの洋書まで幅広いジャンルの新本がフロアいっぱいに並べられています。「紙の本には、人を集めてつながる力がある」――書店、出版、取次の垣根を超えて、紙の本の世界を支えてきた八木書店は、SNS活用やイベントといった新たなチャレンジを続けながら、これからも神田村から本と人をつなげる生き方を応援していきます。


八木書店 小谷野さん、川瀬さんのおすすめ本

『芥川賞候補傑作選』戦前・戦中編(1935-1944) / 平成編①(1989-1995) 鵜飼哲夫編(春陽堂書店)
芥川賞候補になった作品のなかから、惜しくも賞を逃した名作・問題作・異色作・意欲作を掘り起こし、14作品を精選してまとめた〈戦前・戦中編〉が、数ある春陽堂書店のタイトルから、直近1年の店売売上を集計したところ第1位となりました。著名な作家である太宰治や織田作之助も選ばれなかったわけですが、受賞するかどうかは選考過程や選考委員の好みに合うかなど運が大きく左右する。候補作と選評に目を向けることで、それぞれの時代の空気を強く感じることができます。

八木書店(卸売販売のみ)
住所:101-0052 東京都千代田区神田小川町3-8
電話番号:03-3291-2970(店売直通)
営業時間:9時〜16時
定休日:土曜・日曜・祝日
https://company.books-yagi.co.jp
https://twitter.com/toritugi_yagi(こちら神田村取次八木書店店売所)

プロフィール
小谷野 哲矢(こやの・てつや)
1980年、埼玉県生まれ。総合営業部・新刊取次部 部長。八木書店には出版部門の営業担当として入社し、自社出版物である学術書のほか、奈良時代のお経や写本、絵巻物、作家の自筆原稿、国語、国文学の稀覯きこう書などを国内外の大学研究室や図書館、博物館、美術館に案内する仕事を担当。2019年9月より新刊取次部も兼務。
川瀬 哲史(かわせ・さとし)
1972年、千葉県生まれ。新刊取次部 新刊取次課 課長。本と人に触れあう取次の仕事に興味をもち、八木書店に入社して以来、新刊取次部一筋。仕入れの検品から出版社への集荷、書店への配達や古書店担当を経験したのち、来店する書店や出版社の対応や仕入れを中心に担当している。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
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