【第64回】


九段下から小滝橋
 8月下旬、少し早めに家を出て九段下まで。「サンデー毎日」書評用の本選びに向かう。いつもは2時頃なのだが、この日は担当者の都合で12時半となる。12時ごろ九段下に着く。ちょうど昼時だが、九段下周辺、意外に食べるところは少なく、「小諸そば」など行列ができている。近くの某店に入るが戦場のごとき混雑ぶりで、注文をまったく聞きにこない。何度か手を挙げ「ちょっとお待ちください」を2度聞いて、さらにじりじりと待たされ、見ると店員は私より遅く入った客の注文を聞いている。あほらし、と出てくる。
 勤め人のみなさんは、毎昼こうした苦労をされているのか。隣のビル2階に夜は居酒屋となる「さくら水産」がある。入店するのは、もう5年ぶりぐらいか。券売機で「日替わり定食」を買い、チケットをレジで渡し、ご飯、みそ汁、卵がセッティングされたベースとなるお盆に、注文品(この日はチキンカツ)が乗せられるのを待つ。久しぶりで注文から受け取りまでのセルフによる勝手がわからず、少しまごつく。こういうこと、よくあるな。あわただしくセットされたお盆を持って空き席を確保。
 覗くと目玉が映りそうな薄いみそ汁で、チキンカツは揚げてストックしたのを電子レンジで温めたもののようだが、なにしろ500円だからね。ごはんとみそ汁はお代わり無料だ。ああ、そうだったと思う。みんな戦場の兵士たちは午後の戦いのためお代わりをする。社会参加していない風来坊の私は自重。
 このあと、「サンデー毎日」編集部へ行き、いつもより早く本選びを終える。同じフロアの「エコノミスト」編集部にフリーのHくん(長いつきあいのライター仲間)がいて、近況を含め少し話す。「(コロナ禍が)落ち着いたら、またみんなで集まりたいね」などと話しつつ別れる。それでもまだ1時過ぎぐらい。帰宅するにはまだ早い。そこで前から気になっていた、九段下から小滝おたきばし車庫行きの都バス「飯64」に乗車し、終点まで行こうと決める。終点まで行っても用もなく、便利を言えば途中の高田馬場で降りればJRなり東西線に乗り継げる。そうではなくて乗るわけで、未知の体験ということも含め退屈な日常における小冒険だ。無駄のようだが、少し心のときめく行為を途切れずして続けたい、と思う。
 飯田橋、江戸川橋、早稲田、高田馬場と巡り、終点の小滝橋へ。35分のバス旅。小滝橋は神田川に架かる橋。鉄道駅はどこからも離れていて、けっこう利用者あり。こんなところで降ろされても困るなあ、という中途半端な場所に終点があるのは、ここにバス車庫があるからだ。高田馬場から歩いてもすぐなのだが、まったく未踏のエリアで、珍しいものを見るように見る。早稲田通りを歩いてもう少し先、南北を貫く上落合中通りに、かつて「文学堂書店」という古本屋があり、上京したばかりの約30年前、わざわざ訪れたことがあると思い出した。とにかくここに用はない。
 東西線「落合」まで歩くことにした。途中、「上落合1」交差点角に洋菓子・和菓子「アンドロワ」という、古い古い店舗を発見。店内は薄暗く、外観からは洋菓子店とは分からない。店員もいないようだ。呼べば出てくるということか。なぜか壁際に大量の中古レコードが並んでいる。ジャズ喫茶みたい。なんとも不思議な光景だ。ガラスケースに、見本のように洋菓子が販売されているようだが、ちょっとたじろぐ感じだ。帰宅してから検索してみると、なかなかの人気店。今思えば、なんでもいいから買って、店に入るべきだった。

いざ、鎌倉「街道」
 このところ「鎌倉街道」に関する本やガイドブックを読んでいる。最初にこの街道を意識したのはいつか。毎年、小平市中央図書館に隣接する公民館で開かれる古本バザーへいそいそと自転車で出かけるのだが、昨年と今年はコロナ感染の自粛により中止。だから、5年ぐらい前のことになるか。いつも通る「たかの街道」を走っていたら、周囲は畑の道に「鎌倉街道」という表示を見つけた。小平市で「鎌倉」というのがちょっと意外だったのである。
 歴史好きならすぐピンとくるところだろうが、日本史に疎い私にはそれっきり。もう一度「鎌倉街道」に出合ったのは、これも古本がらみ。東村山市にある「市立社会福祉センター」内に常設されている古本販売所「なごやか文庫」へふた月に一度くらい行く。西武国分寺線と並走する府中街道をまっすぐ北上し、東村山駅の先で北東へ街道は進路を変える。「なごやか文庫」は西側にあるため、自転車は街道を逸れて住宅街の裏道へ入り踏切を越える。この住宅街の一角に武家屋敷のような古い大きな民家が建っていて、その門前に木製の碑を見つけた。そこには「東村山市指定旧蹟鎌倉街道古道」と記されてあったのを見て驚いたのである。この時初めて、小平市の「たかの街道」で見つけた表示と南北につながった。
 歴史好きにとっては「いい歳して、何を今頃」と笑止千万であろうが、ここで「鎌倉街道って何だ?」と興味を持つことになった。知ると驚きの連続であった。「鎌倉街道」の「鎌倉」とはもちろん神奈川県の鎌倉であり、ここに幕府を打ち立てた源頼朝に由来する街道であった。「鎌倉街道」と呼ばれるようになったのは近世になってから。「上道かみつみち」「中道なかつみち」「下道しもつみち」と3つルートがあるようだ。私が知るのは群馬県藤岡市から埼玉県を縦断し、府中市、藤沢市と下る「上道」。頼朝により貴族社会から武士に政権が移り、主従関係を結んだ東国の武士たちが、急があればただちに「いざ鎌倉」へ、はせ参じた そのルートとして整備されたのが「鎌倉街道」であった。
 特に「上道」では、新田義貞の鎌倉攻めが有名で、久米川や東村山近辺にまだ多く史跡が残されているという。驚いたなあ、新田義貞が出てきたか。なにしろ800年もの時を経て、街道は大きく変貌したが、それでも先述のように偲ぶ跡は残されている。さっそく地図にルートを書き込み、某日、自転車で繰り出してみた。津田塾大小平キャンパスの東側を縦に南下する鎌倉街道を指し、途中「鎌倉街道公園」という公園があった。さらに南下して玉川上水を越える時「鎌倉橋」を渡る。なんと、なんと!
 今回改めて、「鎌倉橋」を起点にして自転車で鎌倉街道を北上、府中街道から東村山駅の西側へ回りこみ、埼玉県所沢市内の久米にある古戦場跡まで探訪してみた。「鎌倉街道」の表示、解説板などを各所で発見。もっとも感動するのは路地裏の「東村山市指定旧蹟鎌倉街道古道」の碑で、今回も自転車を止めて目で愛でる。「よしよし」と頭をなでたいぐらいだ。「ふるさと歴史館」のわき道から八国山へ向け、この日はなおも自転車を走らせ、北川という小さな川沿いに造られた遊歩道をゆっくりと進む。
 日差しこそ強いものの、木陰を通り抜ける風はすでに秋である。水音も涼し気だ。八国山はちこくやまにある「将軍塚」は、行くたびに見ている。しかし今回、北川に合流する柳瀬川に架かる小さな橋に「勢揃橋」を発見し興奮する。つまり新田義貞が鎌倉幕府征伐に向かう際、ここで軍勢を揃えたという由来の橋だ。なんの変哲もない小さな橋で、とてもそのようなドラマチックな舞台を匂わせる雰囲気は残されていない。何しろ800年が経過している。名前が残っているだけでありがたい。

 ここいら一帯、久米川古戦場跡であると知る。500メートルほど北へ向かえば、西武線「所沢」駅があり、そこはもう大都会だ。しかし私がこの日うろついている諏訪町、松が丘、久米、荒幡あらはた、山口といった町名のあたりは、まだひなびた風景を残している。あちこちで曼殊沙華の群生もみた。満足いく半日を過ごしたのである。  
 逆のコースで言えば、次は「いざ、鎌倉!」と鎌倉まで行きたいところだが自重する。なんとか熱があるうちに、街道をいくつか分割して、歩き通してみたいものだ。東武東上線「武蔵嵐山」駅から笛吹峠を越えて、鳩山町、毛呂山もろやま町を抜けて東武越生おごせ線「西大塚」駅までのルートなどは見どころ多くかなりいい。


新宿駅南口「かのや」
 関西風のうどんが食べたいなあ、といつも思っている。「はなまるうどん」「丸亀製麺」の出汁は、私の認識では「関西風」といえるが、いつもちょっと違うんだがなあと留保をつけつつ食すことになる。昆布と鰹節を大量に投入して、薄口しょうゆを足した独特の味わいは、東京で出合うことないのか。
 いろいろネット検索して見つけたのが、新宿駅南口の立ち食い店「かのや」である。南口改札を出て、あの広い大きな階段を下りていくとすぐ左前方に「かのや」の看板が見える。店内は通り抜けになっていて、一本裏筋からも入れるようだ。

 いつもは「そば」だが、ここではかき揚げ「うどん」を注文し、カレーライス小をつける。うどんは自家製麺で手打ちっぽい不揃いさを残している。ジャンルでいえば「讃岐うどん」で、腰はあるもののごつごつした感じはない。出汁は透き通った関西風。かなり理想に近いのではないか。
 次々入ってくる客の注文を聞いていると「肉汁せいろ」「げそ天」「きつね」などが耳に入ってくる。「うどん」より「そば」が圧倒的に多いようだ。「きつね」を注文した人が隣りに座ったので、チラ見したら揚げが大きいなあ。次は「きつね」を注文しようと堅く心に誓う。これはかなりのレベルの高さである。
「関西うどん」と口にすると、「なか卯のうどんは関西っぽいですよ」と教えられ、食べるとたしかにそうなんだが、これはまあ奥の手で、もう少し探求を続けたい。
(写真とイラストは全て筆者撮影、作)

『明日咲く言葉の種をまこう──心を耕す名言100』(春陽堂書店)岡崎武志・著
小説、エッセイ、詩、漫画、映画、ドラマ、墓碑銘に至るまで、自らが書き留めた、とっておきの名言、名ゼリフを選りすぐって読者にお届け。「名言」の背景やエピソードから著者の経験も垣間見え、オカタケエッセイとしても、読書や芸術鑑賞の案内としても楽しめる1冊。

この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。