【第63回】


青梅「リカーショップおかざき」
 都内最長区間を走る都バス「梅70」に乗って、西武線花小金井駅から2時間かけて青梅車庫まで行ったことはすでに書いた。青梅車庫に下車した私と知人2人の3人組がそのあとどうしたかを書いておきたい。少し手前の青梅駅停留所で降りた方が、そのあとの行動において都合がよかったのだ。わざわざ終点まで行ったのは「完乗」を目指したこともあるが、もう一つ、近くで立ち寄りたい場所があった。青梅街道を挟んで目の前に「リカーショップ おかざき」という酒店がある。
 古くから営業している酒店のようだが、ちょっと変わっているのは、駅のホームにある駅名表示板が立てられ「おかざき」とあることだ。右「奥多摩」左「東京」ともその下に書かれている。この表示板と一緒に、わたくし「岡崎」が写真を撮りたかったのだ。そのために知人を誘ったようなところもある。

 これが何かと言えば、店の壁に解説がある。1900年代に20年足らず、ここに中武馬車鉄道森下駅の駅舎があった。埼玉県入間郡入間川町から東京府西多摩郡青梅町を結んでいた馬車がいた鉄道だという。細かいことを言い出せば補注が必要だが、ざっと言えばそういうことだし、ここではそれで充分。「おかざき」は店の名前。隣に古い日本家屋が建っていた。表札には「岡﨑武右衛門」とあったので二重にびっくり。「岡崎武志」の上3文字まで一緒だ。以後、何かあったら「岡﨑武右衛門」と名乗ろうかと一瞬考えた。
 変なことに巻き込んで、知人2人には済まなかった。このあと3人は青梅市街を散策するのだが、それについては割愛。地元民に愛される大衆食堂でとんかつ定食とビールを飲み、JR青梅駅東側に架かる青い鉄橋を渡ったところにあるカフェ「夏への扉」で、眼下を通り過ぎる中央線車両を見ながらまったりした。思いがけずいい時間だった。
 ところで店名の「夏への扉」は、ハインラインが書いた有名なSF小説のタイトルに由来するのでしょうね。青梅へ行ったら、ここはおすすめです。

枝豆
 2021年夏が、それまでと違っていたのは、枝豆はちゃんと一から茹でて食べるようになったことだ。スーパーで茹でたのをパック詰めしたのが安価に売られていて、便利だから枝豆といえば、ほとんどこっちを買っていた。だが、自分でゆでたのを食べると、パック詰めの調理済みのとは風味も歯ごたえもまったく違うと確信したのだった。
 これは本当に大違いだ。それで、ひと袋350円から400円ぐらいのを買ってきて、鍋に湯を沸かし、塩を大さじ2杯くらい入れて5分ほど待つ一連の作業を、面倒がらずにやるようになった。ゆで上がったのをざるに開け、再び上から塩を振る。ゆで上がりのもうまいが、冷めてもうまい。ビールのお供として最強のつまみではないか。
 ひと袋茹でて3日ぐらいはもつか。なくなると、またいそいそとスーパーへ買いに走る。そんなことを繰り返した夏であった。枝豆の夏だ。
 枝豆で思い出す小説があって、葛西善蔵「子をつれて」がそうだ。葛西は貧苦を売り物にした典型的な私小説作家で、「人間失格」の烙印を捺されながら多くの短編を世に送った。しかし、どん底のダメ人間を描きながら不思議な明るさとユーモアがあった。それがなければほとんど読むに堪えないだろう。晩年期はそれを失い悲惨な作品となった。
 代表作のひとつが「子をつれて」(大正6年)。作家自身と思われる収入のない小説家が、ついに部屋を追い出される。家財道具を売り払って、男女2人の幼い子を連れて、ふらふらと街を歩きだす。腹が減り、入ったバーで子どもたちには寿司を食べさせ、自分は酒を飲む。前途はなく無気力に、ただ酒を飲む男。そのそばで、寿司を食べ終わった長男が「お父さん、僕エビフライ食べようかな」と言う。無気力な男は言うなりにエビフライを2つ注文する。
 さらに、「お父さん、僕エダマメを食べようかな」としばらくすると言う。また「エダマメ二」と同じ調子で注文するのだ。
 生活力も未来の展望も失い、現実を直視する気力も失った父親の放心を、子どもの言うなりに注文する場面はみごとに捉えている。私は枝豆を食べるとき、いつも「子をつれて」を思い出す。そして、ちょっと切なくなるのだ。なあ、枝豆よ。


時々は袋に入れてもらう
10年前なら
こんな日が来るとは思わなかった
ということがいくつか いやいくつもあって
買い物した際にレジ袋に入れてもらわない
というのもその一つだろう
いや、思わなかったな
10年前なら
顔を洗ったらタオルで拭く
みたいに当たり前に思っていたから
それが今や 使わないのが当たり前で
「袋、お使いになりますか」とレジで聞かれて
「入れてください」と返すのに罪悪感さえ感じる
「3円いただきますがよろしいですか」
「はい、だいじょうぶです」
のやり取りが作るざらざらした薄い膜は
3円では解消しがたい気がして断ってしまう
繰り返すが
こんな日が来るとは思わなかったのだ
それでもたまに何も持たずに買い物をして
はした金(微量な罪悪感)を払い
袋に入れてもらうこともある
するとやっぱりこれが本当だな
買い物をすることは最後に袋に入れられて手渡される
ことだな、などと思う
「レジ袋有料化後、当社店舗にて削減できたCO2排出量は、
2,200トンにのぼります。」(某社ホームページ発表)
に逆らうような大それた気持ちではなく
手渡された袋をぶら下げて家に帰るために
時々は袋に入れてもらう
(写真とイラストは全て筆者撮影、作)

『明日咲く言葉の種をまこう──心を耕す名言100』(春陽堂書店)岡崎武志・著
小説、エッセイ、詩、漫画、映画、ドラマ、墓碑銘に至るまで、自らが書き留めた、とっておきの名言、名ゼリフを選りすぐって読者にお届け。「名言」の背景やエピソードから著者の経験も垣間見え、オカタケエッセイとしても、読書や芸術鑑賞の案内としても楽しめる1冊。

この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。