戦後、数多の大衆小説を刊行し、池波正太郎・司馬遼太郎生誕100年を前に復刊を果たした≪春陽文庫≫。
2023年6月の新刊、松本清張『天保図録』(全四巻)のご紹介です。

清張時代小説の傑作『天保図録』
 松本清張は旧来の「探偵小説」に「動機の社会性」を持ち込んで、現在の「推理小説」への変革を起こしたミステリ界の巨人であるから、時代小説も書いていたと聞くと、意外に思う人もいるかもしれない。
 だが、文壇デビュー作「西郷札」は歴史小説であり、松本清張は当初は新進気鋭の時代小説作家として活躍していたのである。最初の著書『戦国権謀』(昭和28年)も、時代小説の短篇集であった。
『点と線』『眼の壁』(いずれも昭和33年)がベストセラーとなって、ミステリが仕事の中心となってからも時代小説は途切れずに書かれており、さまざまな境遇の無宿人たちにスポットを当てた連作『無宿人別帳』(昭和33年)、大奥を舞台に陰謀が渦巻く娯楽大作『かげろう絵図』(昭和34年)、捕物帳スタイルの連作推理『彩色江戸切絵図』(昭和40年)、連載期間五年におよんだ大伝奇長篇『西海道談綺』(昭和51~52年)、長篇時代ミステリ『鬼火の町』(昭和59年)など、多様な作品がある。
 今回、春陽文庫に収められる『天保図録』は清張時代小説の中でも白眉と目される雄編。昭和37年から39年まで「週刊朝日」に連載された。老中・水野忠邦や配下の町奉行で「妖怪」と呼ばれた鳥居甲斐守耀蔵が、「天保の改革」に際してどのような暗躍をしていたかが、迫力の筆で描かれている。歴史小説の格調高さと時代小説の波瀾万丈を併せ持った傑作である。

寄稿・日下三蔵(文芸評論家)

『天保図録』

かつて中央政権入りしたい一念から貧乏な領地に転封してまで老中となった水野越前守忠邦。筆頭老中として新将軍家慶の信任を得ると、権勢を誇った前将軍家斉の寵臣・側用人水野美濃守を突如解任、そこから天保の改革が始まった──。貨幣経済の進展で商人が栄華を誇り武士が経済的に没落したなか、その窮状を脱するべく立てた改革だったが、その内容は、豊かになった人々にはあまりに厳しいものであった。忠邦の右腕・鳥居耀蔵は、改革を進めるため、そして自らの野望のため、策謀をめぐらしていく──。天保の改革と、その裏に渦巻く権謀術数の世界を描く時代長編。
『天保図録』相関図

『天保図録』相関図 ※クリックで別ウィンドウが開きます

『天保図録』(一)(春陽堂書店)松本清張・著
本のサイズ:A6判(文庫判)
発行日:2023/6/26
ISBN:978-4-394-90448-9
価格:1,430 円(税込)

『天保図録』(二)(春陽堂書店)松本清張・著
本のサイズ:A6判(文庫判)
発行日:2023/6/26
ISBN:978-4-394-90449-6
価格:1,430 円(税込)

『天保図録』(三)(春陽堂書店)松本清張・著
本のサイズ:A6判(文庫判)
発行日:2023/7/25
ISBN:978-4-394-90451-9
価格:1,430 円 (税込)

『天保図録』(四)(春陽堂書店)松本清張・著
本のサイズ:A6判(文庫判)
発行日:2023/7/25
ISBN:978-4-394-90452-6
価格:1,430 円 (税込)

著者紹介
松本 清張(まつもと・せいちょう)

明治42(1909)年福岡県北九州市(現)に生まれる。昭和28(1952)年『或る「小倉日記」伝』で芥川賞を受賞する。その後、昭和33(1958)年『点と線』『眼の壁』を発表。『ゼロの焦点』『砂の器』などの作品がベストセラーとなり、社会派推理小説ブームを起こす。『天保絵図』『かげろう絵図』などの時代小説も手掛け、日本の古代史にも強い関心を示し、多数の著作を残している。平成4(1992)年死去。