せきしろ

#13
想像から物語を展開する「妄想文学の鬼才」として、たとえる技術や発想力に定評のあるせきしろさん。この連載ではせきしろさんが、尾崎放哉の自由律俳句を毎回ピックアップし、その俳句から着想を得たエッセイを書き綴っていく(隔週更新)。13回目は次の2本をお届け。

道を教へてくれる煙管から煙が出てゐる
  大正一五年 『層雲』新年号 島の明けくれ(三一句)
たつた一人になり切つて夕空
  大正一三年 『層雲』一〇月号 御堂(二八句)
放哉の句から生まれる新たな物語。あなたなら何を想像しますか? 

 道を教へてくれる煙管から煙が出てゐる
初めての駅で降り、待ち合わせ場所へ向かう。私はいつも地図をしっかりと見ずに歩き出してしまう。なんの根拠もなく「こっちだな」と決めつけて進み、それが見事的中する時もあるのだが、たいていはハズレて迷ってしまう。歩いているうちにだんだんと不安になってくるも、「いやもう少し進もう」と謎の自信でさらに進み、やがて不安しかなくなり立ち止まって初めて地図をしっかりと見る。すると目的地からかけ離れたところにいて愕然とする。
若い頃はなんとなく進んでも目的地に着くことが多かった気がするから、もしかしたら年齢のせいなのかと思うも、考えてみれば当時は田舎に住んでいたから、そう簡単に迷うことはなかっただけなのかもしれない。
そういえば大学生だった頃、原付で走っている時に道に迷ったことがあった。進むつれて徐々に景色から建物が無くなっていき、『ラーメン&丼もの&コーヒー』と文字が書かれた大きな看板のドライブインを過ぎてからは、何もなくなった。道の両脇には樹木が鬱蒼とし始め、樹木が日光を遮り、時折薄暗くなる。不安になりながらも原付を走らせていると突如視界が開けた。道の両側に畑が広がり民家が現れ、私は安堵した。
草刈りをしている男性がいたので私は原付を停めて道を訊ねることにした。
「○○方面の方に行きたいのですが」
「ああ。はいはい」
近づいた時には怪訝そうな表情をしていた男性も、私の目的がわかると表情は温和になった。
男性は「この道をまっすぐだよ」と持っていた鎌で進むべき道を指してくれたのだが、鎌の刃は湾曲していた。


 たつた一人になり切つて夕空
小学四年生まで暮らしていた家は小学校のすぐ裏にあったので、通学時間は2分くらいであった。近くて楽だったものの、放課後道草しながら帰っていく友だちを見ると羨ましくなった。もう少し家が遠くにあればみんなと帰れるのにと思ったこともあった。
小学五年生に転校すると今度は学校と家の距離が長くなった。たしか約2〜3キロメートルだったはずだ。突然遠くなったので不安があったもののすぐに慣れた。ただ、方向と距離的に道草しながら帰る友だちはいなかった。
通学路は途中国道沿いを歩くことになる。国道沿いと言っても田舎なので大型の書店やホームセンター、中古車ショップなどがあるわけではなく、両脇には木々が茂っているだけであり、長くなだらかな坂が続き、ところどころひび割れた歩道を歩いた。
車が通るとその影が歩道上を通り過ぎる。私はいつしかその影を飛ぶようになった。自分がやりだしたことなのか、他の人がやっていたことなのかは定かではない。もしかしたら似たような遊びが世界中に存在するのかもしれない。
ルールは簡単でとにかく車の影が近づくとジャンプして、影を踏まなければ成功で、そうでなければ失敗である。普通乗用車はタイミングさえ合えば難しくはないが、大型のトラックやバスなどは踏んでしまうこともあった。
やがて「失敗したら死亡」というルールを追加して自分を追い込んだ。もちろん死ぬわけではないが一度そうやって考えてしまうと気になってしまい、最初から命が三つあって、成功すれば命がひとつ増えることにした。バスを成功させたら「ボーナス命」も入るルールも追加した。
坂を登り切ると景色が開け、空が夕方の色に変わっていた。車の影も自分の影も長くなっていた。

プロフィール
せきしろ
1970年、北海道生まれ。A型。北海道北見北斗高校卒。作家、俳人。主な著書に『去年ルノアールで』『海辺の週刊大衆』『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』『たとえる技術』『その落とし物は誰かの形見かもしれない』など。また又吉直樹との共著に『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』『蕎麦湯が来ない』などがある。
公式サイト:https://www.sekishiro.net/
Twitter:https://twitter.com/sekishiro
<尾崎放哉 関連書籍>

『句集(放哉文庫)』

『随筆・書簡(放哉文庫)』

『放哉評伝(放哉文庫)』