せきしろ

#16
想像から物語を展開する「妄想文学の鬼才」として、たとえる技術や発想力に定評のあるせきしろさん。この連載ではせきしろさんが、尾崎放哉の自由律俳句を毎回ピックアップし、その俳句から着想を得たエッセイを書き綴っていく(隔週更新)。16回目は次の2本をお届け。

するどい風の中で別れようとする
  大正一四年 『層雲』七月号 小浜に来て(二二句)
ハンケチがまだ落ちて居る戻り道であつた
  大正一四年 『層雲』四月号 梵音海潮音(三七句)
放哉の句から生まれる新たな物語。あなたなら何を想像しますか? 

 するどい風の中で別れようとする
中央線快速のホームへ向かうため、上りのエスカレーターに乗ることにした。少しでも健康のために階段を使おうと一時は思っていたが、もはやそういうことは一切考えなくなっていた。乗る時にタイミングを計るように慎重になっている自分に気づいて、昔はもっと自然、かつスムーズに乗っていたはずなのにと思って時の流れを知った。
私の前にリュックを背負った年配の女性がいた。必然的に私の目の前はリュックになって、もしもリュックを観察したいのならば絶好の位置になった。ただ私はリュックを観察したいわけではないので、漠然と見るだけにしてホームに着くのをじっと待っていた。
リュックは年季が入っていた。きっと長い間使っている物なのだろう。そんなことを考えてエスカレーターが中盤に差し掛かった時、リュックのファスナーにキーホルダーが付けられていることを知った。しかしそのキーホルダーはチェーンの部分しかなかった。何かのキャラクターの人形や観光地の名前の入ったプレートや鈴などが付いていたのだろうが、どこかで切れてしまったに違いない。
この女性は切れていることに気づいているのだろうか。気づいているのに付けっぱなしにしているとはなかなか考えづらく、ということは切れたことをまだ知らないのだと推測できる。エスカレーターを上り終え、電車に乗り、座ろうとリュックをおろした時にキーホルダーがないことに気づくだろう。いつ、どこで切れてしまったのかわからないまま、二つに引き裂かれたキーホルダーは電車のスピードでさらに離れていくのである。きっと永遠の別離である。
誰かにプレゼントされたものとか、記念の品だとか、あるいは形見だとか、そういった大切なものでなければ良いなと思いつつ、私は下りの中央線快速に乗った女性とキーホルダーを見送った。


 ハンケチがまだ落ちて居る戻り道であつた
私は孤独であることを寂しいと思ったことがない。昔からひとりでいても平気だったから、たとえ周りに誰もいなくてもそういうものだと受け入れてしまう。
ただ「孤独を寂しいと思ったことがないんだよ」と誰かに言いたさはある。そうしないと孤独が平気であることが誰にも伝わらないからだ。ただ口にした途端、強がりだと思われるだろうし、自分の言葉に恥ずかしくなることは確実であるから、結局言うことはできない。しかし言わないと、「ひとりで寂しくないですか?」と訊かれて否定しても「またまた無理して」などと言われる。もう為す術がない。
ちなみに私が孤独を感じるもののひとつに「スーパーの駐車場に放置されている買い物カート」がある。誰かが買った品物をカートのまま駐車場まで運んだは良いが返却場所に戻していないパターンである。車は走り去り、残されたカートが無機質な空間にポツンと佇んでいる姿は孤独であるし、趣すらある。
スーパーの敷地内を越え、タクシー乗り場やバス乗り場にカートが放置されている時もある。こちらは駐車場と違い人通りがあるから賑やかではあるのだが、都会の雑踏の中にある孤独を感じる。
さらにスーパーから離れた、もうその場所からはスーパーが見えないようなところにカートが置き去りにされているのをたまに目にすることがあるが、それにはもはや孤独を一切感じず、逆によくここまで持ってきて放置したなという思いが強くなる。
公共の施設にある忘れ物入れも孤独だ。自転車の鍵、老眼鏡、ハンカチ、冬の帽子などが集まり、単体ではないのに孤独を感じさせる。落としたことに気づいていないのか、見捨てられたのか、代用のものがあるからもう必要ないなのか、そこには考えられる理由の数だけ孤独があるのだ。

『放哉の本を読まずに孤独』(春陽堂書店)せきしろ・著
あるひとつの俳句から生まれる新しい物語──。
妄想文学の鬼才が孤高の俳人・尾崎放哉の自由律俳句から着想を得た散文と俳句。
絶妙のゆるさ、あるようなないような緊張感。そのふたつを繋ぎ止めるリアリティ。これは、エッセイ、写真、俳句による三位一体の新ジャンルだ。
──金原瑞人(翻訳家)

プロフィール
せきしろ
1970年、北海道生まれ。A型。北海道北見北斗高校卒。作家、俳人。主な著書に『去年ルノアールで』『海辺の週刊大衆』『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』『たとえる技術』『その落とし物は誰かの形見かもしれない』など。また又吉直樹との共著に『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』『蕎麦湯が来ない』などがある。
公式サイト:https://www.sekishiro.net/
Twitter:https://twitter.com/sekishiro
<尾崎放哉 関連書籍>

『句集(放哉文庫)』

『随筆・書簡(放哉文庫)』

『放哉評伝(放哉文庫)』