せきしろ

#20
想像から物語を展開する「妄想文学の鬼才」として、たとえる技術や発想力に定評のあるせきしろさん。この連載ではせきしろさんが、尾崎放哉の自由律俳句を毎回ピックアップし、その俳句から着想を得たエッセイを書き綴っていく(隔週更新)。20回目は次の2本をお届け。

どんどん泣いてしまつた児の顔
  大正一四年 『層雲』七月号 小浜に来て(二二句)
花火があがる空の方が町だよ
  大正一四年 『層雲』一二月号 島の祭(三一句)
放哉の句から生まれる新たな物語。あなたなら何を想像しますか? 

 どんどん泣いてしまつた児の顔
幼少の頃、母親がよく物語を話してくれた。その中の話のひとつがおもしろくて、私の記憶に刻まれた。
やがて成長とともに自分で本を読むようになったから、母親が物語を話してくれることはなくなり、刻まれた記憶は断片的なものになっていった。
先日古いアルバムを見ていて、写真の中の当時住んでいた家、70年代を想起させる家電と家具、シールが貼られた冷蔵庫、今の自分の半分くらいの年齢の母親の姿がふと物語のことを思い出させてくれた。
「あの時話してくれた話って、誰の何ていう作品なの? 子どもがでてくるやつ」
私は母親に質問した。もう一度あの話に触れて、断片的な記憶の隙間を埋めたくなったのだ。
すると母親は「あれは自分で作った話だ」と言うではないか。てっきり誰かの作品を話してくれていると思っていたのでまさかオリジナルだったとは。私は驚いた。同時にあの話に対する興味がさらに大きくなった。
「あれ、どんな話だったっけ?」
私がやや興奮して訊くと、母親も内容を断片的にしか覚えていないという。40年以上前のことだ。残念だが仕方ない話である。
いくつかある断片的な記憶のうち、ある一節を私は強烈に覚えている。子どもが大人に何かをアピールしようとして泣くのだが、「泣いても泣いても気づかれない」という箇所があったのだ。その状況を想像して、かつ自分に当てはめて、怖くなったことを覚えている。
そういえば、「泣いても泣いても気づかれない」というのは種田山頭火の「分け入つても分け入つても青い山」のリズムに似ている。私のルーツはそこにあるのかもしれない。


 花火があがる空の方が町だよ
大人はなんでも知っていると子どもの頃は思っていた。
難しい漢字や面積の求め方、木の種類や虫の名前、季節のことから世の中で起こる事件や事故のことまで、何を訊いても教えてくれた。時には「まだ早い」「今は知らなくて良い」「いつかわかる」と言われることもあったが、それはそれで大人の知識はさらにあるということであるから、やはりなんでも知っているなと思った。
やがて成長し、自分なりに新しいことを覚えていくと、だんだんと大人の知識が古くて邪魔になっていった。自分が得た情報の方が価値のあるものだと自信を持ち始め、さらに大人の情報がすべて正しいものではないと知り、その結果大人と話が合わなくて苛つくことが増えた。
なんでも知っていた大人は、私がなんでも知っていると感じていた頃で止まっていて、アップデートされていなかった。逆にこちらが教えることが多くなり、しかしそれを受け入れてくれない時もある。気づくと大人は固くなっていたのだ。
ところが、である。自分が当時の大人の年齢になってみると、いつの間にか頭は凝り固まっていた。覚えられなくなったもの、見なくなったもの、聞かなくなったもの、やらなくなったものが増え、新しい情報を欲しなくなったのだ。あの時大人を嫌悪したように、今は嫌悪される対象になっていた。
そんな自分には、私よりさらに大人が時折してくる昔の話が貴重になった。私が産まれた時はこうだったとか、その頃こんなことがあったとか、産まれる前にはこういうことがあったとか、自力では絶対に知り得ることができないことを知っているのだ。やはり大人はなんでも知っていると改めて思った。
「その実は食べられる」
昔教えられたそんな言葉を不意に思いだす。

プロフィール
せきしろ
1970年、北海道生まれ。A型。北海道北見北斗高校卒。作家、俳人。主な著書に『去年ルノアールで』『海辺の週刊大衆』『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』『たとえる技術』『その落とし物は誰かの形見かもしれない』など。また又吉直樹との共著に『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』『蕎麦湯が来ない』などがある。
公式サイト:https://www.sekishiro.net/
Twitter:https://twitter.com/sekishiro
<尾崎放哉 関連書籍>

『句集(放哉文庫)』

『随筆・書簡(放哉文庫)』

『放哉評伝(放哉文庫)』