岡崎 武志

第18回 この装幀造本だからこその読書

 「日本古書通信」に長期連載した全国古本屋探訪記「昨日も今日も古本さんぽ」だが、昨年(2023年)いっぱいで閉じる(連載終了)ことにした。なるべく新しい店を紹介しようとがんばってきたが、古本屋業界も不況ぶりは深刻で閉じる店も多く、だんだん難しくなってきた。
 仕事の区切りとして昨年末(12月号)までの8年分を1冊にまとめることにした。版元は出版も手掛ける東京・西荻窪の古本屋「盛林堂書房」さん。昨年のうちに出る予定だったが、店名など固有名詞が多く、現在営業しているかどうかなどのチェックも煩雑で難航している。私は3校まで3度、目を通した。
 感想はいろいろあるが、ひとつ気づいたのは、けっこうな頻度で講談社文芸文庫を買っていることだ。原稿にするための探訪で、なるべく本を買って話題としたい。だが、お店へ行って、必ず買えるというわけではない。こちらの趣味とその時々の探求書とうまく合致し、しかも手ごろな値段である必要がある(ちなみに取材費はいっさい出ない。自前)。
 お店の中で、本棚を眺め、触手が伸びないときは、うんうんと心の中で唸り、脂汗が出ることだってある。そんな時、逃げ道というと変だが、講談社文芸文庫を買うケースが多いのだ。これも値段が半額以上だとあきらめるが、半額以下ならよし、とするのである。このレーベルは純文学の砦として中身は保証つき。持っていてうれしい文庫でもある。
 定価の3分の1とか、難ありで均一台に100円で並んだりするとほくほくと拾いあげる。元の単行本で所持していても、このレーベルなら欲しくなる。
 これまで相当数集めたが、ある程度溜まった時に、数回に分けて古本屋へ売っている。蔵書を処分するときはたいていお金に換えたい時で、じつは平均して高価で買い取りしてもらえるのが講談社文芸文庫なのである。品切れも多く、古本で買った値より買い取り価格が高くなる場合だってある。
 2023年末、毎年恒例の本の雑誌増刊『おすすめ文庫王国 2024』(本の雑誌社)が出て、私も荻原おぎわら魚雷ぎょらいさんと「中公文庫おすすめ30冊対談」という企画で参加した。その見本誌が届いたのだが、記事内で注目したのが、かるめらさんの「六年と一ヶ月で講談社文芸文庫を全部集めた話」。筆者がどういう方か、よく知らないままに面白く読んだ。そもそも講談社文芸文庫とはどういうものか。
「講談社が一九八八年に立ち上げた純文学専門の文庫レーベルで、『戦後派』や『第三の新人』『内向の世代』と呼ばれる作家を中心に、小説や随筆、文芸批評、詩歌、戯曲など近現代の日本文学や海外文学を千三百冊以上刊行しています」
 ここにつけくわえれば、装幀デザインを菊地信義のぶよしが担当し、巻末の解説、人と文学、年譜、書誌などが充実していた。かるめらさんは、これを全て集めると一念発起。最初は新刊で、「既に半分以上が絶版」という難関は、地道に古本屋をめぐるなどしてついに「全部集めた」という。岩波文庫のコンプリートというのは前例があるものの、講談社文芸文庫についてはこれが初耳。すごいことをやったなあ、と賞賛したくなる。
中里恒子『歌枕』はいいぞ!
 さて、そういうわけで、私もこのレーベルのファン。しかも、講談社文芸文庫を買ったことで、その作品を読むきっかけとなったという話をここでしたい。形から読書に入る、ということもあるのだ。具体的に書名を挙げれば、中里恒子『歌枕』である。元本の版元は新潮社で昭和48年11月に出ている……なんてことも巻末の「著書目録」でわかる。これがじつに便利。同作は新装版が中央公論新社から出され、その際つけられた「あとがき」が講談社文芸文庫に再録、と用意周到である。
 私は、某日、行きつけの古本屋の店頭均一でこれを100円で見つけて買った。目立った外傷なし。こういう場合は、線引きなど本文に難ありと見たほうがよくてチェックしたら、10ページ分ほど、折れ皺のダメージがあった。しかし読む分にはまったく差支えなし。
 講談社文芸文庫には中編「歌枕」のほか、短編の「きりぎりす」「此の世」「残月」が併せて入っていた。とにかく、いつもそうするように、駅前の静かな純喫茶でコーヒーを飲みながら「歌枕」の冒頭を読み始め、たちまち物語世界に引き込まれてしまった。
 その前に、少しだけ著者について、補助線を引いておこう。「歌枕」は5編の短編連作により、昭和47年から50年にかけて各文芸誌に書き継がれた。中里恒子が60代に入っての仕事だ。もう少し若く、想像していたのだ。作品は水気たっぷりで艶やかなため誤解していたが、作家としての活動歴は意外に古い。
 同文庫年譜によれば1909年(明治42)12月、神奈川県藤沢市の生まれ。作家としての出発は早く、1929年19歳の年にいくつか雑誌に小説を発表している。戦前からの作家ということを押えておきたい。またこの年に結婚、主婦業を続けながら創作が途絶えることはなかった。さらに詳しい集英社版日本文学全集『宇野千代・中里恒子』年譜によれば、夫の兄がフランス遊学中にフランス人女性と結婚し、中里は外国人の義姉を持つ。
 のち娘が大学卒業後にアメリカへ留学、かの地で結婚するため、外国人を周囲に係累として持つことが作品に影響し、中里文学の特色ともなるのだが、ここでは触れない。文学的には横光利一に師事し、そこから川端康成とも知遇を得る。川端のいくつかの少女小説が中里の代作であることはよく知られている。
 たゆまず創作活動は続き、1939年(昭和14)2月、「乗合馬車」その他で第八回芥川賞を受賞。女性初の受賞者であった、というあたりまで頭に置いておきたい。じつは、中里の作品について私は詳しくなく、既読は1977年に発表された長編『時雨の記』(文藝春秋)だけ。中里の著作でもっとも読まれたのはこれだろう。
 というのも、同作を原作として1988年に澤井信一郎により映画化された。主演は渡哲也と吉永小百合、ということもあり映画はヒット。原作もよく読まれたのである。また、こちらも映画化された『マディソン郡の橋』(文藝春秋)が話題になった時(原作は1993年邦訳刊)、中年男女の短期間の恋愛という共通性から『時雨の記』が引き合いに出されたりしたのだった。『歌枕』については、次回、たっぷり語ります。(つづく)

(写真は全て筆者撮影)

『ドク・ホリディが暗誦するハムレット オカタケのお気軽ライフ』(春陽堂書店)岡崎武志・著
書評家・古本ライターの岡崎武志さん新作エッセイ! 古本屋めぐりや散歩、古い映画の鑑賞、ライターの仕事……さまざまな出来事を通じて感じた書評家・古本ライターのオカタケさんの日々がエッセイになりました。

この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。
Blog「はてなダイアリー」の「オカタケの日記」はほぼ毎日更新中。
2023年春、YouTubeチャンネル「岡崎武志OKATAKEの放課後の雑談チャンネル」開設。