乱歩の魅力が詰め込まれたおもちゃ箱『幽霊塔』
江戸川乱歩(春陽堂書店)

江戸川乱歩を初めて読んだのは、小学生のころだったと思う。放課後の校舎で友人たちとよく隠れんぼをやっていた。僕が隠れる場所はだいたい図書室だった。ここなら鬼に見つかるまで、ぼーっと待ったりせずにずっと本を読んでいられる。読書に集中しすぎて、隠れんぼがとっくに終わっていたことも1度や2度ではない。ここに隠れるようになったはじめの頃は、主に歴史マンガや偉人伝マンガばかりを読んでいた。いつしか小説を手に取り、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」やライマン・フランク・ボームの「オズの魔法使い」など、絵が少し描いてある児童小説を経て、いつの間にか「少年探偵団」や「怪人二十面相」といったシリーズと出会っていた。

子供ながらに古臭い部分は読みづらい印象を受けつつも、場面場面の緊張感や臨場感には圧倒された記憶がある。ただ、それ以来まったくと言っていいほど、江戸川乱歩を読むことはなかった。私にとって、乱歩は少年小説のイメージだった。
その印象が覆されたのが本書『幽霊塔』である。

この小説を簡単にジャンル分けするのは難しい。ミステリー小説とは言えるだろう。ただそれは一面でしかなく、ホラー小説、怪奇小説、冒険小説とも言える。さらには、キャラクター小説と言ってもいいし、恋愛小説とだって言える。あらゆるエンターテイメントが詰まっている。

あらすじは、簡単だ。主人公の北川光雄という青年が、叔父が買ったいわくつきの時計塔(これが幽霊塔である)に住むことになり、その下見に行った際に出会った美女に惹かれる。しかし、この美女にはただならぬ雰囲気と数々の謎があった。北川は、美女や時計塔の謎を探っていくなかで、美女が虎に襲われたり、殺人事件が起こったりと、様々な災いに巻き込まれていく。時計塔と美女の関係はいかに……
文章にまとめると味気ない。しかし、この小説の醍醐味はディテール、描き方にこそあるのだ。

まず登場人物が魅力的である。ただならぬ雰囲気の美女を筆頭に、猿を連れている女、蜘蛛を飼う男、謎の医学博士、探偵などなど、出て来る人物全員が怪しく、魅力的に描き出されている。語り口も面白い。主人公の北川の回想という形で語られていくのだが、回りくどい語り方をする。確かにじれったい部分でもある。でも、その口調は「すごい体験」をした友人や親戚のおじさんの語りに似ていて、いつしか受け入れてしまう。そして、早く続きを教えてくれと、ページを捲る手が止まらなくなる。時計塔の仕掛けの描写もいい。からくり描写は、冒険小説の真骨頂と言えるだろう。有名な話だが、あの宮崎駿が何度も読んでいて、のちに「カリオストロの城」へ影響を与えたとも言われている。

この小説は、乱歩が面白いと思った要素を出し惜しみせず詰め込んで出来ているように思う。それは、翻案小説のリライトだからということもあるのかもしれない。そもそも本作は、アリス・マリエル・ウィリアムソンの小説『灰色の女』を黒岩涙香(くろいわ・るいこう)が翻案した『幽霊塔』が基にある。要するに、大まかなすじがきがあり、それがしっかりしているからこそ、乱歩は気兼ねなく自由に面白さを付け足していけたのだろう。その付け足していった要素に乱歩の作家性が出ている。作者が読者を楽しませるために、これでもかと詰め込んだディテールに注目することが、この小説を楽しむ上で大事なことなのだ。

本書は、乱歩小説の入門にうってつけだ。正直、登場人物の行動にツッコミどころも多いし、細かいディテールについて指摘したい箇所もある。それでも、端的に言ってひじょうに面白い。私も、この作品を再読することで乱歩の魅力が少しわかったような気がしている。しばらくの間、図書室にこもって乱歩の世界を巡っていきたい。

文/竹田信弥(双子のライオン堂店主)

『幽霊塔』(春陽堂書店)江戸川乱歩・著
本のサイズ:A6判(文庫判)
発行日:2018/10/3
ISBN:978-4-394-30161-5
価格:1,067 円(税込)

この記事を書いた人
竹田信弥(たけだ・しんや)
1986年、東京都生まれ。高校時代にネット古書店を開業。卒業後はベンチャー企業へ就職し、一度、転職をするも「本」への思いが断ち切れずに、本屋を本業にしたいと独立。2013年4月、文京区白山に双子のライオン堂実店舗を開店。2015年10月、港区赤坂に移店。特定非営利活動法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。一般社団法人SPUTNIK International理事。