スポーツ文化評論家 玉木正之

日大アメフト部の悪質タックル問題から角界の貴乃花親方引退まで、相次ぐスポーツ界の問題はスポーツに対する「無知」が原因!?
数多くのTV番組に出演し、多岐に渡って活躍するスポーツ評論家・玉木正之さんが、文化としてのスポーツの誕生と、その魅力を解き明かします。


「サッカーって、どういう意味?」
ときかれて、貴方は答えられますか?

 東京オリンピック・パラリンピックの開催がおよそ2年後に迫り、スポーツに関する話題が連日メディアを騒がせるようになった。が、残念ながら2018年のスポーツ界は、明るい話題以上に暗い話題が多かった。
 日大アメフト部の悪質タックル事件やボクシング界の幹部の不祥事、女子レスリング界、女子体操界のパワハラ事件、さらに角界でも暴力事件や貴乃花親方の引退、バドミントンやウエイトリフティングでも、パワハラや金銭問題の疑惑、コーチと選手の軋轢(あつれき)……などなど、じつに様々な問題が相次いで起こった。
 各スポーツ団体は過去の歴史や事情が異なり、その原因を一言でまとめるのは不可能だろう。が、日本のあらゆる「スポーツの問題」の深層には、共通する「原因」が存在していると断言できる。
 それは、スポーツに対する「無知」だ……と書くと、「えっ?」と驚く人もいるだろう。われわれ日本人は、スポーツのことを、まったくとは言わないが、ほとんどわかっていない。その証拠に「スポーツって何?」ときかれて、はたしてどれだけの人が正しく答えられるだろうか?
 いや、そんな難しいテーマは少々後回しにして、たとえば「サッカー(Soccer)って、どういう意味?」ときかれて、正しく答えられる人は、はたしてどれほどいるだろうか?
 紀元前のメソポタミア地方で始まった「丸いモノ(太陽の象徴)」を奪い合う球戯は、古代ローマのカルチョ、中世フランスのラ・シュールと呼ばれた球戯を経てイギリスに伝わる。「丸いモノ」は当初、牛や豚の膀胱を膨らませたもので作られていた。それを脚で蹴ったり、手で投げたり、身体全体で受け止めたり、棒で叩いたりして、何百人もの人々が2組に分かれ、それぞれの目的地(ゴール)まで運ぶことを目指して遊ばれた。
 そんななかで、血と油にまみれた丸いモノ(膀胱)を脚で蹴ることだけに限定するルールを整えた集団が、フットボール協会(Football Association)という団体を作り、そこで行われたフットボールがアソシエーション・フットボール(Association football)と呼ばれるようになり、それがAsocc Football→Asoccer→Soccerと変化し、サッカーと呼ばれるようになったのだ(ほかに手を使うことを禁止しなかった人々がラグビーを、棒を使うことを楽しんだ人々がホッケーをつくったといえる)。
 が、日本の学校で体育の授業中に、ふと疑問を持った少年か少女が、「先生、サッカーって、どういう意味ですか?」と質問したら、おそらく正しく答えられない体育の先生は、こう答えるだろう。「つまらん質問をせずに、グラウンド3周走ってこい!」
 それが、スポーツではなく体育(スポーツのなかの身体を鍛えることだけに特化した授業)の本質で、われわれ日本人の多くは、スポーツのことは知らないまま、体育で育てられたというわけだ。
 このスポーツに対する「無知」は、われわれ日本人の間にどのように広がっているのか? 次回から、その検証を始めてみよう。


『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店) 玉木正之(著)
本のサイズ:四六判/並製
発行日:2020/2/28
ISBN:978-4-394-99001-7
価格:1,650 円(税込)

この記事を書いた人

玉木正之(たまき・まさゆき)
スポーツ&音楽評論家。1952年4月6日、京都市生まれ。東京大学教養学部中退。現在は、横浜桐蔭大学客員教授、静岡文化芸術大学客員教授、石巻専修大学客員教授、立教大学大学院非常勤講師、 立教大学非常勤講師、筑波大学非常勤講師を務める。
ミニコミ出版の編集者等を経てフリーの雑誌記者(小学館『GORO』)になる。その後、スポーツライター、音楽評論家、小説家、放送作家として活躍。雑誌『朝日ジャーナル』『オール讀物』『ナンバー』『サンデー毎日』『音楽の友』『レコード藝術』『CDジャーナル』等の雑誌や、朝日、毎日、産経、日経各紙で、連載コラム、小説、音楽評論、スポーツ・コラムを執筆。数多くのTV番組にも出演。ラジオではレギュラー・ディスクジョッキーも務める。著書多数。
http://www.tamakimasayuki.com/libro.htm
イラスト/SUMMER HOUSE
イラストレーター。書籍・広告等のイラストを中心に、現在は映像やアートディレクションを含め活動。
http://smmrhouse.com