スポーツ文化評論家 玉木正之

日大アメフト部の悪質タックル問題から角界の貴乃花親方引退まで、相次ぐスポーツ界の問題はスポーツに対する「無知」が原因!?
数多くのTV番組に出演し、多岐に渡って活躍するスポーツ評論家・玉木正之さんが、文化としてのスポーツの誕生と、その魅力を解き明かします。


オフサイドって、どういう意味?
 前回は、「サッカーって、どういう意味?」と問いかけて、われわれ日本人が、スポーツに対していかに「無知」であるかを説明した。
 それは何も、NHKのクイズバラエティ番組の人気キャラクターのように、「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と怒鳴るために「無知」を指摘したのではない。また昨今のクイズ番組のように、ただ知識の量を自慢するために質問したわけでもない。
 そもそもスポーツとは、人類の長い歴史の中で生み出された文化である。「文化」とは明治時代に欧米から伝わった「カルチャー Cuture」という言葉の訳語で、もともとは「武化」すなわち武力によって人々を統治する「武断政治」に対して、武力を用いず言葉(法度・法律)や話し合い(評定・議会)によって社会を治める、という言葉だった。江戸時代に「文化」「文政」という年号の時代があるのもそのためである。「カルチャー」とは、「みんなで一緒に作りあげて実らせた作物(さくもつ)」といった意味の言葉で、だから「土(agri)」から実らせたものは「アグリカルチャー(Agriculture)」、すなわち「農業」となる。
 そのように、人類が歴史のなかで作りあげ、実らせた作物(カルチャー)の一種であるスポーツを、正しく理解しなければ、われわれの社会にも生かすことはできない。だからその第一歩として、まずわれわれの「スポーツに対する無知」に気づこう、といいたいのだ。
 私自身がそのような「無知」に気づいたのは、いまから約30年前のこと。東京・神田神保町の三省堂書店で、故・中村敏雄氏の著した『オフサイドはなぜ反則か』という本を発見したことがきっかけだった。
 当時、すでにスポーツライターとして執筆活動を行っていた私は、もちろんサッカーやラグビーなどの「オフサイド(Off Side)」のルールは知っていた。が、それが「なぜ反則か?」とあらためて訊かれても、せいぜい「相手チームのゴール前で待ち伏せしているのは卑怯だから」とか「点数(ゴールやトライ)が取りやすくなるから」としか答えられなかった。
 しかし、本当に卑怯なの? 点数が取りやすくなることがなぜ反則なの? と自問すると、答えがでなかった。
 そこで中村敏雄氏の著書を買って即刻読んだのだが、そこには、前回も少し言及したフットボールという競技の長い歴史と、それがイギリスに伝わり、マス(群衆)フットボール、ストリート(街中)フットボール、モブ(暴動)フットボール、マッド(狂人)フットボールと呼ばれて大流行し、産業革命で地主の土地から追い出された農民たち、過酷な労働を強いられた民衆たちが、反抗の意味を込め、村中街中で、まるで「祭り」のように延々とフットボールをして暴れまくったということが書かれていた。
 そんなときに、味方のグループの側(サイド[side])から離れ(オフ[off])、相手に隠れて前方の目的地(ゴール)へとボールを運ぶような、相手を欺いてコソコソとゴールするような人物はスニーク(こそ泥)と呼ばれた。そのスニークの履いていた靴が、スニーカーと呼ばれるようにもなった(走りやすく音がしないので、相手に見つからないようにするには最適。『スニーカー・ブルース』とは、『こそ泥演歌』のことなのです)。
 閑話休題。丸いモノ(ボール=太陽の象徴)がゴール(目的地)に届けば、それで暴動(祭り)は終わってしまう。「反抗(暴動)」にも「祭り」にもならない。そこで、スニーク(こそ泥)は激しく非難され、のちに、オックスフォードやケンブリッジといった大学や、フットボール・アソシエーション(イングランドのサッカー協会)やラグビー・フットボール・ユニオン(同じくラグビー協会)が競技としてのルールを整えたとき、簡単にゴールが奪えるような「卑怯な(こそ泥のような)動き」は禁止されるようになったのだった。
 だから、オフサイド・ポジションにいる選手は「こそ泥」をする悪い奴なのだ。たとえばラグビーでは、オフサイド・ポジションにいる選手は、スパイクで踏んづけられることさえある。その行為をラフプレイだと非難する日本人は、オフサイド・ポジションにいる選手が「こそ泥」だとは知らないのでしょうね。


『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店) 玉木正之(著)
本のサイズ:四六判/並製
発行日:2020/2/28
ISBN:978-4-394-99001-7
価格:1,650 円(税込)

この記事を書いた人

玉木正之(たまき・まさゆき)
スポーツ&音楽評論家。1952年4月6日、京都市生まれ。東京大学教養学部中退。現在は、横浜桐蔭大学客員教授、静岡文化芸術大学客員教授、石巻専修大学客員教授、立教大学大学院非常勤講師、 立教大学非常勤講師、筑波大学非常勤講師を務める。
ミニコミ出版の編集者等を経てフリーの雑誌記者(小学館『GORO』)になる。その後、スポーツライター、音楽評論家、小説家、放送作家として活躍。雑誌『朝日ジャーナル』『オール讀物』『ナンバー』『サンデー毎日』『音楽の友』『レコード藝術』『CDジャーナル』等の雑誌や、朝日、毎日、産経、日経各紙で、連載コラム、小説、音楽評論、スポーツ・コラムを執筆。数多くのTV番組にも出演。ラジオではレギュラー・ディスクジョッキーも務める。著書多数。
http://www.tamakimasayuki.com/libro.htm
イラスト/SUMMER HOUSE
イラストレーター。書籍・広告等のイラストを中心に、現在は映像やアートディレクションを含め活動。
http://smmrhouse.com