スポーツ文化評論家 玉木正之

日大アメフト部の悪質タックル問題から角界の貴乃花親方引退まで、相次ぐスポーツ界の問題はスポーツに対する「無知」が原因!?
数多くのTV番組に出演し、多岐に渡って活躍するスポーツ評論家・玉木正之さんが、文化としてのスポーツの誕生と、その魅力を解き明かします。


野球の得点はなぜスコアで、
ラグビーの得点はなぜトライなのか?
 以前、ジャズ・ピアニストの山下洋輔さんから、メチャメチャおもしろい「音楽&スポーツのジョーク」を教えてもらった。そのジョークは「アメリカ人ミュージシャンに教えてもらった」もので、「ベートーヴェンの第九交響曲が好きで、なおかつ野球が大好きな人でなければ笑えない。だからぜひとも玉木さんに教えたかった」と言ってもらったのは嬉しかった。そのジョークとは次のようなものだった。
 ベートーヴェンの第九交響曲にはコントラバスが長く演奏しない部分がある。そこで、その間にベーシスト(コントラバスの演奏家)だけで演奏会を抜け出し、コンサートホールの隣にあるパブへ行って、ちょっとビールでも飲もうということになった。しばらく飲んでいると、若いベーシストが仲間に向かって不安げに話しかけた。「もうそろそろ帰ったほうがイイのでは……?」。すると、ベテランのベーシストが答えた。「まだ大丈夫。俺が指揮者の楽譜を紐で縛り付けておいたから、音楽は先へ進めないはずだ」そこでもうしばらくジョッキを傾けたあと、ほろ酔い気分で演奏会場に戻ってみると、指揮者(conductor)が真っ赤な顔で必死になって指揮している。それもそのはず。場面は第九交響曲の最終場面(bottom of the ninth)、楽譜は縛られている(score is tied)。そこへベース奏者がやっと全員揃ったのだ(bases are loaded)。興奮しないわけがないじゃないか!
 ……というわけだが、このジョークの意味をわかっていただけただろうか?
 じつは英語の部分は次のようにも翻訳できる。「場面は9回裏。得点は同点。ベースは走者で埋まって満塁! だから監督は必死……」野球の監督はふつう英語でフィールド・マネジャー(field manager)だが、コンダクター(conductor)でも通じる。
 ただし、ベートーヴェンの第九に、ビールを飲んでいられるほどベース奏者が休める場面は存在しない。まぁ、ジョークだから許されるとして、それより不思議なのはスコア(score)という言葉だ。
 得点のことは、ふつう英語ではポイント(point)という。が、野球ではなぜスコアというのか? しかもスコアは、チームの総得点を表すときのみに使い、単なる得点の場合はラン(run)という。3ラン・ホーマー(3点本塁打)とかノーヒットノーランゲーム(無安打無得点試合)といったふうに。
 「run」が得点を意味するようになったのは、ベースを走って、一巡して、ホームへ帰ってきたことが得点になるため生まれた言葉のようだ(The DICKSON BASEBALL DICTIONARY)。そしてscoreという英語には、もともと「20」という意味があり、ニューヨークで書籍販売業をしていたアレキサンダー・カートライトⅡ世というニッカーボッカー・ベースボールクラブの創設者が、1845年にベースボールのルールを定めたとき、「先に21点(20点[score]を上まわる得点)を取ったチームの勝ちとする」と決めたため、チームの総得点をスコアと呼び、スコアボード、スコアブックなどの言葉も生まれた。
 もっとも、このルールでは1イニングで試合が終わる場合もあれば、2日にわたって100イニング以上続いた場合もあったらしい。その後、12イニングでゲーム終了になった(12進法が英語の基本でしたからね)。が、それでも長いというので1857年には、今日の9イニング制(12イニングの4分の3)に改められたのだ(score には「多数」という意味もあるらしく、オーケストラ全部の楽器の楽譜をまとめた指揮者の使う総譜も、個々の楽器のパート譜(part)に対して、「多くの」楽譜が並んでいるのでスコアと称しているようだ)。
 野球でラン、スコアと称する得点のことをサッカー(フットボール)ではゴール(goal=目的地、終着地、目標)という。「目的地」に到達したり、「目標」を達成すれば、得点になるというのはわかりやすい。が、ラグビーでは得点のことをトライ(try)という。それは「試みる、ためす、やってみる、挑戦する」という意味だが、この言葉にもラグビー・フットボールというボールゲームが生まれた歴史的意味合いが含まれている。
 ラグビー・フットボールは、イングランドの有名なパブリックスクール(私立の中等教育学校)であるラグビー校で、1823年にフットボール(手を使わないサッカー)を行っていたとき、ウィリアム・ウェッブ・エリスという少年がボールを抱えて走ったことから生まれた……というのが神話的な起源のエピソードである。エリスという人物がいたことは確かだが、彼はむしろクリケット選手として活躍したと言われ、フットボールにおいては反則が多かった選手とされている(だからサッカーで手を使う「反則神話」が生まれたのかも?)。手も足も使って楕円球をあつかうラグビー・フットボールは、オックスフォードやケンブリッジといった大学で、19世紀に徐々にルールを整えられていった(だから優秀な大学生がラグビーと同時に家庭教師もやったので、ラグビーのゴールがトライと呼ばれるようになった……というのは単なるギャグです)。
 ラグビーのルールは、最初2本の棒の間(ゴール)にある横棒の上を、キックでボールを通過させた場合だけが得点とされていた。が、そうすると、せっかくゴールに向かって攻め込み、選手やボールがゴールにたどり着いても、棒の上を通過させないと得点にはならない。そのため、そのようなケースには、敵陣へ入った場所から真っすぐ後方に戻った好きな地点から、ゴールを狙う(トライする)権利が与えられた。そのうちトライする権利を得ることができたときにも得点が与えられるようになり、「トライ」がそのまま点数となったのだ(現在では5点)。そして現在では、そのあとのコンヴァージョン・ゴール(2点)よりも大きな意味を持つようになったのだ。
 何度も繰り返しますが、スポーツは人間の創作した文化ですから、スポーツの言葉、スポーツのルールにはすべて意味や理由が含まれているんですね。


この記事を書いた人

玉木正之(たまき・まさゆき)
スポーツ&音楽評論家。1952年4月6日、京都市生まれ。東京大学教養学部中退。現在は、横浜桐蔭大学客員教授、静岡文化芸術大学客員教授、石巻専修大学客員教授、立教大学大学院非常勤講師、 立教大学非常勤講師、筑波大学非常勤講師を務める。
ミニコミ出版の編集者等を経てフリーの雑誌記者(小学館『GORO』)になる。その後、スポーツライター、音楽評論家、小説家、放送作家として活躍。雑誌『朝日ジャーナル』『オール讀物』『ナンバー』『サンデー毎日』『音楽の友』『レコード藝術』『CDジャーナル』等の雑誌や、朝日、毎日、産経、日経各紙で、連載コラム、小説、音楽評論、スポーツ・コラムを執筆。数多くのTV番組にも出演。ラジオではレギュラー・ディスクジョッキーも務める。著書多数。
http://www.tamakimasayuki.com/libro.htm
イラスト/SUMMER HOUSE
イラストレーター。書籍・広告等のイラストを中心に、現在は映像やアートディレクションを含め活動。
http://smmrhouse.com