ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載15】
HOWではなく、未知の世界への入り口となるWHATの本を提示していきたい
ポルベニール ブックストア(神奈川・大船) 金野典彦さん

本に背中を押され旅に出て、旅の経験を生かして本屋になる
JR・湘南モノレール大船駅東口より徒歩6分。大船と鎌倉を結ぶバス通りに面した「ポルベニール ブックストア」は、2018年11月にオープンしたばかり。店主の金野典彦さんは、バブル絶頂期の平成元年(1989年)に新卒で広告代理店に就職するも、4年後に会社を辞めてバックパッカーの旅へ。店名のポルベニールは、そのとき訪れた南米・パタゴニア地域にある街の名前が由来です。長年あたためてきた夢をようやく実現させた、金野さんが目指す街の本屋とは──。
── 1年8ヵ月をかけ、30ヵ国も巡ったバックパッカーの旅。店名になったくらいですから、ポルベニール(チリ)が1番印象的だったのでしょうか。
実は街自体がとくに印象的だったというわけではないんですが、「ポルベニール」という言葉の響きとスペイン語で「未来」という意味がいいなと思って、ずっと頭の片隅に残っていました。バックパッカーの旅では、暮らしの風景を感じられるよう移動は極力バスを利用するなど、プロセスを大事にしていました。ポルベニールは南米大陸南端から更に南にあるフエゴ島のウシュアイア(アルゼンチン)を目指す途中、マゼラン海峡を渡ったところにある小さな街で一泊しただけですが、そこで出合った言葉が、20数年経って店名になりました。

── その旅に持っていった本はありますか?

いいえ、旅先では自分の目で見て感じることを大切にしたいと思ったので、あえて本は持っていきませんでした。でも、長く日本を離れていると、やっぱり活字に飢えてしまって……。
バルパライソ(チリ)にバックパッカーが利用する宿があって、そこで目にした開高健の『オーパ!』(集英社)が無性に読みたくなり、日本にいる友人に頼んでサンパウロ(ブラジル)の日本領事館気付で送ってもらいましたね。そもそも旅のきっかけとなったのは沢木耕太郎の『深夜特急』(新潮社)。20代の僕はものすごく影響を受けました。
── 帰国後はどんなお仕事をされましたか?
世界各国いろんな地域を目にするうちに、いつかゲストハウスなどローカルに関わる仕事がしたいなと思うようになりましたが、その頃はまだ20代。個人で起業する力もなかったので、日本に戻ってからはまた会社員に戻りました。旅の影響がよほど強すぎたのか、しばらくは日本社会にうまく適応できなくて、国際協力のNGOや広告代理店、インターネットメディアなどを転々としました。昨年まで勤めた技術系の出版社には16年いましたが、それはじっくりゆっくり取り組む仕事が自分には合っていたからだと思います。
歩いているうちに、ピンときた大船の街
── ローカルに関わる仕事をしたいというその思いが、ようやく大船で花開いたんですね。
ええ。かなり時間がかかりましたが、やっと実現できました。本屋にしたのは、出版社の営業をしていたので本の流通について多少知見がありましたし、本のない人生は考えられないとこの年になって改めて強く感じるようになったからです。なぜ大船にしたかというと、ピンと来たから(笑)。これまでの人生で40ヵ国近く旅をしてきたので、街の感じを直観的につかむのが得意なんです。この街は暮らしが見えるし、歩いていると不思議と気分が上がる。街から少し離れただけで緑が豊かなところも気に入りました。

── 選書も旅の影響が強く出ているのでしょうか。
どうでしょう。入ってすぐ右の棚には地域文化に関する本を並べていますが、旅だけに特化することはありません。ひとつ特徴があるとすれば、ハウツー本やビジネス書などを置かないことくらいでしょうか。“HOW”が書かれた本は新たな方法が出てきたとたん廃れてしまいますが、開高健のあとに沢木耕太郎が出てきたからといって、開高健が読まれなくなることはありません。それは違う価値があるからです。“HOW”より、未知の世界への入り口となるような“WHAT”の本を、この店では提示していきたいと考えています。
開店してから実感した「絵本のチカラ」
── 実際にお店をオープンして、気づいたことはありますか?

一番驚いたのは絵本の実力です。ロングセラーが多くて、親子三代同じ絵本が読まれることも多い。『ぐりとぐら』(福音館書店)なんて200刷以上ですから、本当にすごいです。本は初版ではほとんど元は取れず、重版できてやっと収支が合うというもの。版元にいたときは、いつも重版がかかるか気にしていたので、これには本当に驚きました。ヨシタケシンスケさんなど最近の作家さんの絵本や、大人も楽しめる『翻訳できない世界のことば』(創元社)なども増やし、絵本の分量はオープン当初から4倍になりました。
── これからどんな店にしたいですか?
従来のスタイルの街の本屋が持つ気軽さや入りやすさは、これからもなくしてはいけないと思います。「ここはセレクト本屋ですね」なんて言われることがありますが、これまでの本屋と違うということで、壁を感じてほしくないし、排他的な感じにはしたくない。書店経営はまだスタートしたばかりで経験が足りないと感じることもありますが、毎日店に立つうちに、少しずつ街の本屋としての力をつけていって、いつか「ポルベニールがあるから大船に行こう」と言ってもらえるような店にしていきたいです。
ロゴに描かれたペンギンと強風に耐えて咲くタンポポは、金野さんがパタゴニアで見て心を動かされたもの。店内にはペンギンの置物やぬいぐるみがあり、金野さんとともにお客さんを迎えます。取材当日(4月18日)、大きなウインドーのそばでインタビューをしていると、何度もツバメが舞い降りてきて、せっせと巣作りをしているのが見えました。ペンギンとツバメはどことなく似ているので、引き寄せられたのかもしれません。開店後、初めての春にやってきたツバメ。なんだかいいことありそうです。

ポルベニール ブックストア 金野さんのおすすめ本
『まともがゆれる―常識をやめる「スウィング」の実験』木ノ戸昌幸著(朝日出版社)
京都にある障害福祉NPO法人「スウィング」では、常識にとらわれない数々の取り組みを通して、世の中が押しつける「まとも」とは何かを見つめ直しています。読んでいるうちに自分の考えが揺さぶられ、くつがえされる快感が心地よい。知らず知らずのうちに頭が常識で凝り固まっている人にぜひ読んでほしい1冊です。

ポルベニール ブックストア
住所:247-0056 神奈川県鎌倉市大船3-4-6 清水ビル1階D
TEL:0467-40-5102
営業時間:火~金 11:00 – 13:00/14:00 – 19:00、土 10:30 – 19:00、日・祝 10:30 – 18:00
定休日:毎週月曜、月2回火曜、お盆、年末年始
https://www.porvenir-bookstore.com


プロフィール
金野典彦(こんの・のりひこ)
1966年、神奈川県生まれ。大学卒業後、バブル絶頂期に広告代理店に就職するも4年後に退社し、バックパッカーとして1年8ヵ月の間、世界30ヵ国を巡る。帰国後は国際協力のNGOやインターネットメディアなどを経て、2002年に技術系出版社へ入社。2018年11月29日、大船にポルベニール ブックストアをオープン。


写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
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