ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載39】
本は、みんなが知らないところへ連れていってくれる
smokebooksみのり台店(千葉・松戸)北澤 友子さん

映画「SMOKE」に出てくる街角の小さな店に憧れて

新京成線「みのり台」駅から5分ほどの住宅地にある、レトロな賃貸マンション「あかぎハイツ」。その1階に、2017年3月から店を構える「smokebooks(スモークブックス)みのり台店」は、北澤孝裕さん、友子さんご夫妻が二人三脚で営む本屋さんです。店内には絵本や美術書、デザイン書の古書を中心に、古今東西の味わい深い雑貨やアートが並び、まるで骨董市に来たかのよう。大人がワクワクする空間のなかで、店主・友子さんにお話を伺いました。
── smokebooksのはじまりは、古書の移動販売だったそうですね。
2009年に夫が古い軽トラックにほろを張り、ひとりで古書を売りはじめました。夫は書店員時代の元同僚。その頃はまだ結婚していなくて、smokebooksが出店したイベントを見に行ったときに再会しました。そのとき、やっていることや店名に惹かれて、「面白い!」と意気投合。私は実店舗をつくるところから合流して、その年の11月に千葉・中山店をオープンしました。

それから結婚して娘を授かるわけですが、中山店はお客さんが3人入ればいっぱいというくらいの小さな店で、もっと広くてDIYが可能なところはないかと探しているときに、みのり台のこの物件、あかぎハイツに出合いました。
── あかぎハイツはどこか懐かしい感じがする、素敵な建物ですね。
ええ、桜の季節のポーチは特に素敵なんですよ。ここは40年以上前に建てられたマンションですが、ピカピカにリノベーションをしてから貸すこともあれば、借りる人がDIYすることもできる。希望どおりの物件だったので、2017年1月に中山店を閉めて、3月に移転してきました。みのり台という土地にこれまでご縁はなかったけれど、オーナーご一家が親切な人たちで、ワークショップなどイベントをするときにも協力的でとても助かっています。それにここを紹介してくれた「omusubi不動産」が隣に越してきてからは、設計関係やDIY可能な物件を探している人が、うちにもよくいらっしゃるようになりました。

── smokebooksという店名の由来はなんですか?
夫がつけたんですが、カッコいいでしょ。私はまずこの名前に惚れました。私たち夫婦は好きな映画がわりと似ていて、「SMOKE」(1995年公開)が2人とも大好きなんです。ポール・オースターの短編小説「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」が原作のこの映画には、ニューヨーク、ブルックリンの街角にある小さなタバコ屋が出てきます。その佇まいに憧れて、ここをDIYするときも「鉄のシャッターにしよう!」と盛りあがったくらい(笑)。煙はつかみきれないところがあるし、どこかちょっと悪い感じもする。それでいて煙でいぶすと味に深みが出るなど、“smoke”という言葉からいろんなことが想像できるところも気に入ってます。

絵本には、本のすべての要素が入っている
── メインは古書ということですが、新刊の割合はどのくらいですか?
いまある本のなかで、新刊は1割ほど。美術やデザイン、哲学の本や小説など幅広いジャンルの本を扱っていますが、私が児童書の担当をしていたことがあるのと、いまも公民館で絵本の読み聞かせをしていることもあって、絵本には力を入れています。絵本の半分くらいは洋書で、ハードカバーになるとそこそこ値も張る。だから、子どもが来て選ぶというより、大人が自分や子どものためにじっくり選んで買われることが多いかな。
とはいえ、子ども向けの絵本もちゃんと置いていて、昔から大好きな福音館の『こどものとも』はバックナンバーだけでなく、新刊もずっと仕入れています。薄くて軽いから子どもと電車で移動するときに2~3冊持ち歩くこともできますし、何といっても作家陣や内容が素晴らしい。絵本は子どもから大人までが楽しめるアートであり、物語であり、詩でありながら、実用書でもある。絵本には本のすべての要素が入っていると思います。


── お客さんはどのような人が多いですか?
男女とも比較的、年配の人が多くて、モノづくりをする大人に好まれる品揃えになっています。いまはDIYのやり方もYoutubeにたくさんアップされていますし、それはそれで便利ですが、細かいところは本にしか載っていないことがよくあります。デザインにしても、ネットで探すとみんなが知っているものしか出てきませんが、ドーヴァー出版の素材集のように、手にした人だけが得られる希少性の高い情報が本にはあって、そこで目にしたものから新しいアイデアが生まれることがある。みんなが知らないところにまで連れていってくれるのも本の魅力です。

紙の本は、デジタルより強い⁉
── 店には本のほかにたくさんのモノがありますね。
画材や刺し子の糸、文房具、お菓子、買い取った器なども置いていますし、絵画やポスターのようなアート作品も扱っています。あるとき、タウンページを見た方から古書を整理してほしいと連絡があり、お家に伺ったら、青を基調としたとても素敵な画が飾ってありました。それは依頼主の奥さん・川口佳子よしこさんの作品で、ほかにもたくさんある画を家と一緒に壊す予定だと聞いて、「もったいない!」と買い取ることにしたんです。omusubi不動産が入る前、隣の部屋が空いていたときに個展を開催したら、「いいね」と言ってくださる方が結構いて、買い取ってよかったと思いました。

── 本の買い取りがきっかけで、人やアートとの出合いにもつながっていくんですね。
そうなんです。店にいらしたお客さんが実はモノをつくる人で、声をかけてもらうこともあります。もともと私は紙や布、鉄、ガラスなど、質感のあるプラスチックじゃないものが好き。店には丁寧につくられたもの、自分たちが使いたくなるようなものを並べていますが、紙の本もそのひとつです。火や水には弱いけれど、春陽堂さんが大正時代に出版された夏目漱石の本がいまもこうして残っているように、出版物はたくさん刷るからどこかにはある。だから、デジタルより紙のほうが本そのものの価値が長く続いて、強いんじゃないかと思っています。いろんな経験や趣味も活かせて、素敵な人や本、モノとつながる本屋という仕事。これからも飽きることはなさそうです。

映画「SMOKE」に出てくる店と違い、メインで扱うのはタバコではなく本ですが、店を舞台に人が織りなす風景や、つい立ち寄って長居してしまうお客さんが多いところは、どこかそれと重なります。夫・孝裕さんが得意な美術やデザインの分野に、妻・友子さんが好きな絵本やモノづくりが掛けあわさり、ご夫妻共通の趣味である映画や音楽、そして買う人、売る人に刺激を受けて広がる本のラインナップ。smokebooksは、映画に負けず劣らず魅力的なお店です。


smokebooksみのり台店 北澤さんのおすすめ本

『直しながら住む家』小川奈緒著(パイインターナショナル)
古い家をリノベーションして住み、10年後に設計のプロの手も借りながらハーフセルフリノベーション。一度つくったから終わりではなく、自分たちでつくり変えていくことで、さらに愛着がわく家になっていく過程が丁寧に紹介されています。著者の小川さんは店にも来てくださる地元の作家さんで、この本に出てくる「赤城邸」はあかぎハイツ3代目のご自宅。ここに紹介されているのは、いつかこんな暮らしがしてみたいと憧れる素敵な家ばかりです。

『竹久夢二という生き方』竹久夢二著、石川桂子編(春陽堂書店)
〈子供が石ころにつまづいてころんだ時、私は子供をいたわらないで石が泣いているよ、と言う、そうすると子供は石を可愛がって自分のイタいのを忘れている、・・・。(1910年8月の日記より)〉――私も痛みを我慢する娘でなく、ぶつけた角っこに「痛かったね」と話しかけていたことを思い出しました。夢二のことばは、つぶやきや言い訳までもが美しい。100年前に生きた夢二の日記や手紙などをまとめたこの本は、夢二を身近に感じられる一冊です。

smokebooksみのり台店
住所:270-2231 千葉県松戸市稔台1丁目21-1 あかぎハイツ113号室
営業時間:火~金曜 12:00~18:00、土・日曜12:00~17:00
定休日:月曜
https://www.smokebooks.net/

プロフィール
北澤友子(きたざわ・ともこ)
1973年、愛知県生まれ。看護師を勤めたのち、東京の製菓学校へ。レストランで働きながら、青山ブックセンター自由が丘店(当時)が開催する絵本の読み聞かせ会にボランティアスタッフとして参加して、その後、同店リオープンの際、書店員に。元同僚で、のちに夫となる北澤孝裕が2009年に移動販売で開始した「smokebooks」に、千葉・中山店(2009年11月~2017年1月)の準備段階から合流。2017年3月、千葉・みのり台店をオープン。絵本の読み聞かせはライフワークとして現在も継続中。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。