ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載38】
すぐに役には立たないけれど、あとからじんわり効いてくる本を
BOOK SHOP 無用之用(東京・神田神保町)片山 淳之介さん


一度売れた本や話題の本は置かない

本の街・神田神保町に店を構える「BOOK SHOP 無用之用」は、社会課題を解決するためのデザインワークを行うissue+design(イシュープラスデザイン)と、片山淳之介さんが共同で経営する本屋さんです。店名の無用之用とは、「一見、無用に思えるものにこそ、本質的な価値がある」ことを表した老子の言葉。2021年6月にオープン1周年を迎えたこの店の共同店主・片山さんにお話を伺いました。
── コロナ禍がはじまってからオープンされたわけですが、この1年は大変でしたね。
いろいろありすぎて、記憶があまりないんです。今年も4月25日から3回目の緊急事態宣言で、東京は古書店に休業要請が出ました。うちは新刊もありますが、古書が約7割。悩みましたが近所の書店の方とも相談して、5月いっぱいまで店を閉めました。その間、ここで仕事はしていましたが、お客さんと他愛もない話をするのが本当に楽しいことなんだとしみじみ感じる日々でした。1周年記念に本当はパーティでもしたいところですが、記念品の鉛筆をつくったくらいで、あとはいつもどおりです。

── ここで本屋をはじめる前、片山さんはどんなお仕事をしていましたか?
デザインの仕事を中心に活動していましたが、その後、弟が働いている林檎専門店を手伝うようになりました。最初は三鷹店、その次に神田猿楽町店とやっているうちに楽しくなって、気づけば7年も経っていた。弟が世田谷に工房を兼ねた店をつくることになり、そちらに集約するため神田猿楽町店を閉めることになりましたが、僕はこの街が好きで離れたくなかったんです。その頃でしたね、以前から顔見知りだったissue+design代表のかけい裕介さんと初めて焼き鳥屋で飲んだのは。
僕はせっかくできた神保町とのつながりを続けたいと思っていた。そして筧さんはオフィスが神保町にあるものの、地方や役所の案件が多いので、街との関わりがほとんどなく残念に思っていた。「じゃ、一緒に何かやろう」と盛りあがり、「神保町なら本屋だろ」ということで、その夜のうちに書店プロジェクトがスタートしました。

── 神保町が好きなのは、もともと本が好きだから?
本が特別好きというわけではなくて、僕は“神保町にいる人”が好きなんです。その道のプロや何かを追求している人が多いのに、誰も偉ぶらないところ。ベタベタしない、カラッとした人情がとても心地よかった。この街で新しいことが生まれる、きっかけとなる場所になりたい。それがたまたま本屋だった。だから最初から、“いわゆる本屋”にならないようにと思っていて、一度売れた本や話題の本は基本的に置かないようにしています。話題の新刊本を揃えてしまうと、僕が会いたい人には会えなくなる気がするから。

林檎箱を積み重ねた手づくり本棚
── 店名は片山さんと筧さん、どちらの発案ですか?
その言葉を見つけたのは僕の妻なんです。一見くだらないことが実は大事だったりするわけで、いまは検索してすぐに分かりやすい答えを求めがちだけど、それでは余白や余韻がない。役に立たないようでいて、じんわり効いてくる選書にしようということは最初から決めていて、そのコンセプトに合う店名を3人で考えているときに、老子の『無用之用』という言葉に出合いました。車輪が動くのは、車輪と車輪の間に何もない空間があるから。この空間がまさに無用之用で、「それがいい!」と即決しました。

本屋をはじめることは決めたけれど、何をどうすればいいのかまったく分からない。林檎専門店のお客さんだった出版関係の人たちから情報を集めはじめた頃、荻窪の「本屋Title」店主・辻山(良雄)さんのことがふと頭に浮かびました。僕が三鷹店で店頭販売をしていたときに、Titleをオープンする前の辻山さんが自転車でフラッとやってきて、林檎ジュースを気に入ってくださり、それ以来よくお届けしていたんです。それで辻山さんのところへ行って、「本屋をやることにしました」とお話しました。
── びっくりされたでしょうね。まさか林檎屋さんが本屋さんになるとは……。
ええ、かなり驚かれました。いろいろ教えてほしいとお願いしたら、「質問は1日1個まで。メールしてください」と言ってくださって、1年くらいかけて本屋になる準備をしました。辻山さんの「林檎を置かないんですか?」という言葉がきっかけで、シーズン(秋~2月)には店頭に林檎を3種類くらい並べるようになったんですが、当初本屋に林檎を置くなんてまったく考えていませんでした。時期は限られますが、昼休みにフラッと来て、カウンターで1個食べて帰るお客さんも結構いて、なかなか好評です。

── そういえば、本棚も林檎の箱ですね。
最初は本棚を買うつもりでしたが、直線的な本棚だとちょっと神経質に見えそうで、いびつだけど温かみのある林檎箱を使うことにしました。林檎箱は表面がザラザラしているから、そのままだと本が傷むので、やすり掛けをしたんですけど、これが大変で……。150箱くらいを5人がかりで3日間。作業の途中で誰もしゃべらなくなったときは、「やっぱり本棚を買えばよかった」と一瞬後悔しましたが、イベントや展示をするときに自由に棚を組み替えられるので、結果的に良かったと思います。

店の半分は、お客さんの選書
── 共同経営ということですが、選書担当は片山さんですか?
僕や筧さんも選びますが、100以上あるテーマの半分くらいは、お客さんの選書です。選者は出版関係の人から広告マンに商社マン、年齢も幅広くて新卒1年目の人もいます。テーマの側面に選書した人のプロフィールや説明を書いているので、気になるテーマの本をどんな人が選んだのかを見るのも楽しいと思います。「トヨタセンチュリーの作り方」「視点(まざざし)をデザインする」「違和感を、深追いする」「人口減少は悪なのか?」などテーマは多岐にわたっていて、セレクトされた本は直球もあれば変化球もある。だいたいどんなテーマの本を扱っているのかは、ホームページのトップ画面でも見てもらえます。

── 1年間やってみて、本屋の店主という仕事はどうでしたか?
いろんな仕事をやってきましたが、「僕がやりたかったのは、これだったんだ!」と感じる場面がいくつもある1年でした。これまで自分の主軸というか、やりたいことはデザインだと思っていましたが、そうじゃなかった。根底にあったのは、父が地元・徳島でやっているクラシック音楽のバーだったんです。その場に人が来て、そこで化学反応が起こり、何かが生まれるというのを子どもの頃から見てきたことが、僕の心の深い部分にずっとあった。

本を介して、人と人をつなげる。自分はそういうことが好きなんだと改めて気づきました。一見、本屋だけど、本屋の形をした何か。イメージとして一番近いのは、公園かもしれません。公園に人がやって来て、砂場で山をつくってトンネルを掘っていたら、向こうからも掘っている人がいて、何かの拍子で手が触れる。そんな大人が集う公園みたいな場所に、この店がなれたらうれしいです。
コロナ禍のもとオープンしたBOOK SHOP 無用之用。片山さんたちは今この状況でできることを考えて、クラウドファンディングで①ギャラリー、②選書、③シェアオーナー、④ギフトセット(のし本)という4つの企画を開始しました。①ギャラリーはレンタル料を上限として、芳名帳に書かれた名前1名につき100円を出展者にキャッシュバック。③シェアオーナーは“はこオーナー”や1日店長など7種が用意されています。店に関わることで生まれる化学反応を大事にしたい。そんな思いがあふれた新たな挑戦です。


BOOK SHOP 無用之用 片山さんのおすすめ本

『女たちよ!』伊丹十三著(新潮文庫)
誰かの受け売りではない、自分流のダンディズムにあふれている伊丹さんのことを、生意気にも子どもの頃からカッコいいなと思っていました。この本は、伊丹さんがヨーロッパで体験した物事をもとに綴られたエッセイで、食やクルマ、着こなしなど、すべてにこだわり、洒落ている。こんなふうに周りに流されず、自分が本当にいいと思えるもの、好きなものを選べる大人が日本に増えてほしいものです。

『ことばのみがきかた 短詩に学ぶ日本語入門』今野真二著(春陽堂書店)
僕は抽象的な言い方をすることが多くて、まれに誤った伝わり方をしてしまい、「ちゃんと伝わるようにしなきゃ」と思ったときに手にしたのがこの本です。心に残ったのは、〈失言するのはよく考えないでしゃべるから〉〈しっかり考えたうえで感覚を述べたら、間違って伝わることはない〉という指摘。それまでの自分は味見をしないで料理を出していたようなものだったと気づかせてくれました。

BOOK SHOP 無用之用
住所:101-0051 東京都千代田区神田神保町1丁目15-3サンサイド神保町ビル3F
営業時間:12:00〜20:00
定休日:月曜、第1火曜
http://issueplusdesign.jp/muyonoyo/

プロフィール
片山淳之介(かたやま・じゅんのすけ)
1980年、徳島県生まれ。クラブの店長などを経て、2010年よりフランスでプロダクトデザイン業務に携わる。帰国後、林檎専門店の三鷹店に勤務したのち、神田猿楽町店を立ち上げて同店の店長を務めていたが、2019年よりissue+design代表・筧裕介氏と書店プロジェクトを企画。2020年4月、BOOK SHOP無用之用 共同店主に就任し、2020年6月にBOOK SHOP無用之用オープン。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。