スポーツ文化評論家 玉木正之

日大アメフト部の悪質タックル問題から角界の貴乃花親方引退まで、相次ぐスポーツ界の問題はスポーツに対する「無知」が原因!?
数多くのTV番組に出演し、多岐に渡って活躍するスポーツ評論家・玉木正之さんが、文化としてのスポーツの誕生と、その魅力を解き明かします。


バレーボールの「バレー」は、
「白鳥の湖」と関係がある?
 これまで全世界をカバーしている──と言ってもけっして過言ではない、古代メソポタミア起源の「人類のフットボール文化」の片鱗について書いてきた。そして、スポーツを体育としてしか学んでいないため、そのことをわれわれ日本人がほとんど知らない、ということも指摘をしてきた。が、何もそれほど大上段に振りかぶらなくても、われわれ日本人の「スポーツに対する無知」は、われわれのすぐ近くに転がっている。
 たとえばバレーボール。この球戯は、前回説明したアメリカでのバスケットボールの誕生と同じように、19世紀の終盤に、マサチューセッツ州のYMCA体育教師のウィリアム・G・モーガンによって創り出されたものだ。当初は、老人や子供向けの無理なく楽しめる球戯として考案された。そのため、徐々に激しい球戯(ボールゲーム)へと変化しても、アメリカ国内では、なかなか老人や子供以外には受け入れられなかった。ロシアや東欧に伝わり、より激しいスポーツへと進化をしても、母国アメリカでは、あまり人気のないスポーツにとどまり続けた。
 ……ということはさておき、では、「バレーボールとはどういう意味か?」ときかれて、貴方は答えられますか? このような疑問を抱くことこそ、スポーツという人類の文化を理解するうえでの出発点となる。が、スポーツを「体育教育」だけで学んできた、つまり身体を動かすことしか学ばなかったわれわれ日本人は、なかなか気づくことができない。何を隠そう私自身も、その重要さに気づいたのは、先に紹介した中村敏雄先生の『オフサイドはなぜ反則か』という本と出逢ってからのこと。つまり35歳を過ぎてからのことだった。
 欧米人でも、サッカーやラグビーといったフットボールの歴史を知らないひとは多いだろう。が、「バレーボールの意味は?」ときかれれば、欧米人、というよりアルファベットという文字を使って生活しているひとは、すべて答えることができる。そんな質問でも、われわれ日本人の多くは、答えることができない。その事実に気づいて以来、少々意地の悪い私は、テレビ局や新聞社で出会うスポーツ担当の記者、バレーボール日本代表の経験者を初めとする様々なスポーツマンに、「バレーボールってどういう意味?」と、ききつづけた。その結果、いまだに誰ひとりとして、正解を口にできたひとはいない。
 さらに意地の悪い私は、「バレー? バレー? バレー?」と首を捻る相手に向かって、「白鳥の湖、知ってるよね。あのバレエ(ballet)のこと。選手はみんな踊るように、跳んだり跳ねたりしてるでしょう……」と言ってみたり、「バレーは谷(valley)のこと。選手と選手のあいだの谷間にボールを落とすから……」と言ってみたり……。
 しかし、こんな意地の悪いジョークは、アルファベットを使っているひとびとにはまったく通じない。というのは、バレーボールの「バレー」は、volleyのことだと誰もが知っているからだ。volleyとは、テニスの「ボレー」や、サッカーの「ボレーシュート」の「ボレー」のこと。つまり、地面にボールが落ちる前にボールを処理する(打つ)ことを意味する「ボレー」が、バレーボールという球戯だけは、なぜか日本語で「バレー」と、訛ってしまったのだ。
 空中のボールを打ち合うからvolleyball。スポーツの多くが、欧米のアルファベット文化圏で生まれたため、アルファベットとは基本的に無縁な日本人は、意味を知らないまま平気でいることが多いのだ。
 そのひとつが、アメリカ・メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースという球団名。その Dodgers(ドジャース)という言葉の意味を、貴方は答えられますか? 正解は次回に。ヒントをひとつ。Dodgers のdodge とは、ドッジボール(Dodgeball)のことです。


『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店) 玉木正之(著)
本のサイズ:四六判/並製
発行日:2020/2/28
ISBN:978-4-394-99001-7
価格:1,650 円(税込)

この記事を書いた人

玉木正之(たまき・まさゆき)
スポーツ&音楽評論家。1952年4月6日、京都市生まれ。東京大学教養学部中退。現在は、横浜桐蔭大学客員教授、静岡文化芸術大学客員教授、石巻専修大学客員教授、立教大学大学院非常勤講師、 立教大学非常勤講師、筑波大学非常勤講師を務める。
ミニコミ出版の編集者等を経てフリーの雑誌記者(小学館『GORO』)になる。その後、スポーツライター、音楽評論家、小説家、放送作家として活躍。雑誌『朝日ジャーナル』『オール讀物』『ナンバー』『サンデー毎日』『音楽の友』『レコード藝術』『CDジャーナル』等の雑誌や、朝日、毎日、産経、日経各紙で、連載コラム、小説、音楽評論、スポーツ・コラムを執筆。数多くのTV番組にも出演。ラジオではレギュラー・ディスクジョッキーも務める。著書多数。
http://www.tamakimasayuki.com/libro.htm
イラスト/SUMMER HOUSE
イラストレーター。書籍・広告等のイラストを中心に、現在は映像やアートディレクションを含め活動。
http://smmrhouse.com