スポーツ文化評論家 玉木正之

日大アメフト部の悪質タックル問題から角界の貴乃花親方引退まで、相次ぐスポーツ界の問題はスポーツに対する「無知」が原因!?
数多くのTV番組に出演し、多岐に渡って活躍するスポーツ評論家・玉木正之さんが、文化としてのスポーツの誕生と、その魅力を解き明かします。


野球チームの名前の由来――ロサンゼルス・ドジャースって「避ける」チーム?
 前回、最後に書いておいた質問を解決しておこう。
 ロサンゼルス・ドジャースという球団の、「Dodgers」の意味は? という質問で、ヒントとして「Dodgers のdodge とは、ドッジボール(Dodgeball)のこと」と書いておいたので、辞典で「ドッジボール」の項目を調べた方もいるかもしれない。すると、そこには次のような説明が書いてある。「二組に分かれてボールを投げあい、相手方のからだにあてる遊戯」(三省堂『新明解国語辞典』[第三版]より)。
 多くの辞典が、このような解説をしているのだが、これは誤解を生む説明だ。ドッジボールは、「ボールを相手のからだに当てる遊び」……だから「ドッジ」とは「当てる」という意味……? ならばドジャースは、デッドボールの多い投手がいるチームのこと? ……などと誤解してしまいそうだ。
 最近は辞典を引く人も少なくなったようなので、Wikipediaからも引用してみよう。すると、「子供の顔くらいの大きさのボール(多くはバレーボールなど)を使い、相手の頭部以外の身体にボールを当てるスポーツまたはゲーム。多くは2つのチームに分かれて大人数で行う。漢字では避球と表記する」と書かれている。これでもまだ、ドッジ(dodge)という言葉を、「ぶつける」と誤解しそうだが、漢字表記に「避球」とあるところが面白い。Wikipediaの説明は、次のように続く。「ドッジボールの名称は英語のdodge(素早く身をかわす)からきている」。つまりドッジボールとは、「ボールをぶつける遊び」ではなく、「ボールを避ける遊び」なのだ。そして、ドジャース(Dodgers)と、人を表す -er が付くと、「避ける人」という意味になる。
 これはロサンゼルス・ドジャースが、かつてはニューヨークのブルックリン区で生まれた野球チームであることに由来している。当時のブルックリンは、家が建て込んだ、道路の狭い下町で、しかもトロリーバス(路面電車)が走っていた。そこでブルックリンの子供たちが道路で遊んでいると、親たちはいつも子供たちに向かって、トロリーバスや自動車を「Dodge! Dodge!(避けろ! 避けろ!)」と叫んでいた。そこで、ブルックリンの子供たちはいつしか、「ドジャー(Dodger)」と呼ばれるようになったのであった。
 そのブルックリンに野球チームが創設されたのは、メジャーリーグの前身であるアメリカン・アソシエーションという組織の野球リーグが生まれたとき。最初(1884年)は、チーム名をアトランティックスとしていたのだが、その後、スーパーバス、トロリードジャース、ロビンスといった名称に変わり、1932年から、ブルックリン・ドジャース(ブルックリンの子供たち)が正式名称となった。広々としたカリフォルニアのロサンゼルスに本拠地を移したあとも、つまり子どもたちが道路で遊ぶこともなくなり、自動車を避けなくてもよくなったあとも、ドジャース(ブルックリンの子供たち)という名称は残したのだった。
 ……と説明が長くなってしまったが、このDodgers という球団名の意味を知っている日本人はほとんど皆無……とまでは言わないまでも、ごく少数なのではないだろうか。
 私は、野茂英雄投手がロサンゼルス・ドジャースに入団して大活躍し、「ドジャースの野茂」が大きな話題となった1995年以来、仕事で会ったテレビのディレクターや雑誌記者、新聞記者などに、次々と「ドジャースの意味を知っていますか?」ときき続けたが、知っている人はほとんどいなかった。大リーグ解説者の福島良一さんだけ、正解を口にされた。さすがですね。
 野球チームの名前も、ライオンズ(獅子)やタイガース(虎)、パイレーツ(海賊)くらいなら誰でもわかるだろうし、オリオールズ(ムクドリモドキ)やブルージェイズ(アオカケス)も、調べればわかる。が、ジャイアンツ(巨人)となると、よくよく調べないとわからない。これは、旧約聖書の「サムエル記」に出てくる巨人ゴリアテに由来している。
 日本のジャイアンツはもともと「大日本東京野球倶楽部」というチームだった。そのチームが1935年にアメリカ遠征をしたとき、当地の野球関係者にとってチーム名がわかりにくいため、「東京ジャイアンツ」と仮命名したのである。
 オフサイドの説明のときにも書いたように、日本人はスポーツを体育として学んだ結果として、身体を鍛えることしか考えなくなっている。われわれ日本人は、スポーツに関するわからないことや言葉を、疑問にも思わず、調べようともしない癖が付いてしまっているのだ。
 では、今回も最後にひとつ質問を書いておくことにしよう。
 ボクシングというスポーツをご存じですよね。では、「ボクシング」とは、どういう意味?  四角くロープで囲まれた箱(ボックス)の上で行われるからボクシング? でも、ボクシングの行われる場所はリング(ring[輪])と呼ばれますよね……。正解は、また次回に。


『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店) 玉木正之(著)
本のサイズ:四六判/並製
発行日:2020/2/28
ISBN:978-4-394-99001-7
価格:1,650 円(税込)

この記事を書いた人

玉木正之(たまき・まさゆき)
スポーツ&音楽評論家。1952年4月6日、京都市生まれ。東京大学教養学部中退。現在は、横浜桐蔭大学客員教授、静岡文化芸術大学客員教授、石巻専修大学客員教授、立教大学大学院非常勤講師、 立教大学非常勤講師、筑波大学非常勤講師を務める。
ミニコミ出版の編集者等を経てフリーの雑誌記者(小学館『GORO』)になる。その後、スポーツライター、音楽評論家、小説家、放送作家として活躍。雑誌『朝日ジャーナル』『オール讀物』『ナンバー』『サンデー毎日』『音楽の友』『レコード藝術』『CDジャーナル』等の雑誌や、朝日、毎日、産経、日経各紙で、連載コラム、小説、音楽評論、スポーツ・コラムを執筆。数多くのTV番組にも出演。ラジオではレギュラー・ディスクジョッキーも務める。著書多数。
http://www.tamakimasayuki.com/libro.htm
イラスト/SUMMER HOUSE
イラストレーター。書籍・広告等のイラストを中心に、現在は映像やアートディレクションを含め活動。
http://smmrhouse.com